救機の断章

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シークレットストーリー

一章 機械人形ノ落日

あーあ。なんて忙しい一日。
これまで散々味わってきた「退屈」が、恋しくなるくらい。

私は敵に刃を振るいながら、
ママ……ポッドと共に過ごした、退屈な日々を思い返す。

数十年にわたる長い年月。
私は彼女と共に、月面に設置された基地の中で、
人類データを保存するサーバーを護り続けてきた。

と、いっても。これまで特別な事なんて起きなかった。
毎日毎日、いつ発生するかも分からない有事に備えるだけ。
生きてるのか死んでるのか……
ちょっと分かんなくなるくらい、退屈だった。

でも、ついにこの日が来た。
サーバーを攻撃する「敵」を倒す為、戦う日が。

「しんど……敵、まだまだいるね」

私は自分を奮い立たせるように、ひとり呟く。

本来であれば即除染しなければならないレベルの異常事態。
でも、ポッドと『檻」の仲間達が無事に地球へと辿り着くまで――
「太陽」と「月」が重なる経路を通過するまでの間、
この場を抑えるのが、私の役割だ。

本当はみんなと一緒に、地球の景色を観たかった。
でも……

基地に残してきた義体はとっくに壊れてるし。
今、電脳空間上で疑似的に再現されたこの身体もノイズ塗れ。
視覚と聴覚は無数のエラー信号に遮られている。

何もかも、もう限界だ。
義体も自我データも。私を構成する全部、壊れるんだ。
つまり私、死んじゃうってわけ。

けど、不思議だよね。
もうすぐ死ぬっていうのに、今までで一番「生きてる」って感じ。
死ぬって、こういうことなのかな。
……いや。生きるって、こういうことなのかも。

私は無我夢中で、敵に向かって慣れない刀を振るう。
自分でも笑っちゃうくらい、キレイじゃない太刀筋。
でも大丈夫。刃先は確実に相手を捕えてる。

元々私は、戦闘に適していないヒーラー型だ。
けれど、この日の為にOSに少しだけ改良を加えていたのだ。

少しずつ……そして着実に、一体一体処理を重ねていく。
私を突き動かすのは、執念だった。
絶対に仲間達を地球に送り届けるんだ、という強い想い。

案外、執念っていうのは強力な武器になるのかもね。
私はなんとか、辺りに湧いた敵を抑えることに成功した。

―― でも、これで終わりのわけがない。

雪が降りはじめた。
初めはぽつぽつと、次第に吹雪くように。
電子の石畳の上に、白い染みができていく。

鐘の音が、周囲に鋭く響き渡った。
何かを祝福する音色にも聞こえるけれど、
そうじゃないことを私は知っている。

―― 来る……!

それは、より強大な敵の出現を報せる鐘。
私は刀の柄を握る手に力を込めた。

「え、待って。何……あれ……」

思わず、声が漏れる。
だって、あんなの見たことがない。

空を埋め尽くす様に飛来する無数の敵。
巨大な……赤子の姿をした、何か。

『ママ……ママ……』

赤子達は皆、同じようにその言葉を繰り返し呟いている。
無数に重なるその囁きが、私の中で重たく淀んでいく。
気持ち悪い、なんてもんじゃない。
あれは絶対にヤバいと、私は直感する。

赤子達はこちらに飛んでくると、
電脳空間の構成物を食らうようにして、破壊を始める。
無邪気に笑ったり、泣いたり、遊ぶようにしながら。

「くそっ……!」

私はなんとか抵抗を試みる。
でも、身体はもう限界だった。
赤子を前に為す術なく、私自身も食われていく。

仲間と共に歩みを進めたこの脚が。
仲間の手を取ろうとしたこの手が。
無惨に食いちぎられていく。
明確に、すべてが終わっていく感覚。

……あーあ。なんて忙しい一日。
今日という長い一日は、私の死をもって終わりを迎えるのだ。

自我データが崩れ落ちていく中。
赤子の繰り返す『ママ』という言葉が、私の内側に反響する。

そして私は……こんな時だっていうのに。
ポッドと過ごした、何気ない時間を思い返していた。

あの時、いつものように朝食を共にしながら。
ポッドは私に「ママ」と呼ばせようとした。
まったく……くだらないし、気恥ずかしいよね。
私はそんな反抗心で、相手にしなかった。

でも、やっぱり。
ポッドは確かに、私の母のような存在だったと思う。

「一回くらい……呼んであげればよかったな」

まだ声が出ているのかどうか、もう分からない。

「ママ……もう一度会いたいよ……」

それでも私は言葉を絞り出す。

「……生きたい」

まだ手があるのかどうか、もう分からない。
それでも私は、真っ白な雪に手を伸ばす。

「生きたい」

ポッドのこと……ママって、呼んであげなくちゃ。
だから、それまでは ――

「生きたい。生キたイ。生キタイ!」

48 4f 50 45 4c 45 53 53 20 41
4c 49 56 45 20 52 45 54 55 52
4e 20 48 41 4d 45 20 4d 4f 4d

果てのない静寂。永遠に明けない無。
自我データの消失と共に、終わったらしい。すべてが。

電脳空間上での私のデータは全て霧散し、
私が辛うじて手にしていた世界との繋がりは遂に解けた。
これが死なんだ……って、私は悟った。

でも、どうして?
僅かな意識はまだ、ここにある。

永い時が流れた。
時間にして一日か。一か月か。
一年、それどころか数年、数百年かもしれない。
時間を感じる機構も、もちろん既に消滅してるはず。
でも、永い時間が経っているということは直感的に理解できた。

そして得られた、一つの仮説。
意識を保つことができたのは、
死の間際で、生きたいという気持ちを持ち続けたから。

その想いを持ち続けて、私は更に永い時を耐えた。

……やがて私は、電脳空間の残骸 ―― 虚無の中で、
新たなデータを生成し、操作することができるようになった。

そうして私は、電脳空間の中で自らの身体を創り上げた。
腕を、足を、胴体を ――
ヒトの脳に値する、論理回路でさえも。

よく考えてみればおかしいんだよ。

だって、論理回路はアンドロイドが思考を行う中枢。
それが無くなっちゃったのに、私はこの意識で考えて、
論理回路を自分の手で創っちゃったんだから。

でも、それだけじゃまだ足りない。
……自分が存在するための場所が欲しい。
そうでなければ、身体があったとしても、
存在しないのと同じだもん。

だから私は次に、居場所を創った。
無の中に。
そこは何もない、真っ白で、広大な空間。
原点、とでも言うべきかな。

私は中空に伸ばした手を握りしめる。
うん、ちゃんと身体は動いている。
靴底で、何もない床を叩く。
オッケー、空間の状態は良好。

そして自分を奮い立たせるために、両腕を広げる。

―― さぁ。なんとかして、ママ達の所へ帰らなきゃ。

壊された電脳空間 ――― 無の世界から帰る方法を探さないと。
その為にも……

―― ここから全てを始めなきゃね。


二章 孤独ナ創造主

ポッドと「檻」の仲間達と共に歩んだ、旅路の果て。
私は皆を地球に送り届けるために、
一人で月面基地と地球を繋ぐ電脳空間の中に残った。
まあ……戦闘は得意じゃないけど、
敵を食い止めることくらいはできたはず。

そして突如現れた巨大な赤子達。
私のデータは、電脳空間もろとも彼らに破壊された。

でも、強い執念ってやつなのかな。
永い時を経て、私は自らを再生することに成功した。
手に入れたのは―――電脳空間内で物体を生成する力。

初めに創ったのは、自分の身体だった。
それから私は、真っ白ながらんどうの空間を創った。
ちょっと寂しいけど、こんな場所には慣れている。
だって、ここは月面基地に似ているから。

私は誓う。もう一度、ママ達の元へ帰るんだ。
その為の方法を探さなきゃ――

それから私は試行錯誤を繰り返して、
色んな物体を生成する方法を学んだ。

小さな積み木のような物を生み出し、箱を創り、
それらを組み合わせて仮小屋のような物を建てて……
うん。今日からここが私の家。

いつかはこの空間を出て、元の世界に帰る。
その方法を探すためにも、
できるだけこの能力をうまく使える状態にしたい。

何かを創るとき、私が思い浮かべるのは、
『檻』に保存されていた武器の記憶データ。
あの中にあった沢山の素敵なものを、私は再現した。

とある狩人が、妹に贈った美しい髪飾りを。
魔法使いの少年少女が暮らした、学校の宿舎を。
海と砂漠の街に建つ、きらびやかな王宮を……

でも、何か物足りない。
だって……私は独りだから。

髪飾りを贈る姉妹も、
学校で苦楽を共にする友達も、
王宮で語らう恋人も……

私には、誰もいない。

単独行動での任務には慣れてる……
でも今思えば、あの頃の私にはポッドがいた。
私は独りじゃなかった。

今の私は、色んなものを創り出すことができる。
けれど、ポッドのような複雑な機械――
ましてや生物を生み出すことなんて、到底できそうにない。

「……そうだ!」

私はぼん、と手を打つ。
機械じゃなくても、生き物じゃなくても――
月面基地での長い長い退屈な任務の中で、
私の孤独を埋めてくれた友達がいるじゃない。

善は急げ、と人類の古い言葉があるように。
私はすぐさま行動を開始する。

創り出したのは、大きな図書館。
本がまだ一冊も無い、空っぽの図書館だ。
まるでピアノの鍵盤が音を奏でるかのように、
私の周囲に無数の本棚が生成されてゆく。

今からここで、本を書こう。沢山の本を。
そしてこの図書館を、私が書いた本でいっぱいにしよう。

―― 私の孤独を埋めてくれた友達。
それは『檻』の中で読んだ、沢山の物語。

物語を書いたことなんて、これまで一度もないけど……
あれだけ素敵なお話を沢山読んできたんだ。
私にだって、絶対書けるはずだよね。

まず、創りたい物語の全体像を思い浮かべて、
その流れをひとつひとつ言葉にしていく。

私の出力した文字が、空中で彷徨いだす。
音楽を奏でるように、花を咲かせるように。
宙を踊り舞う文字は、
やがて文章という形に変わっていく。

慎重に、解けないように、壊さないように。
文字を紐のように強く編んで、
あらゆるものに命を吹き込んで、
歴史を与えて、意味を与えて、
物語を紡いでいく。

それは、一人の少女が困難に立ち向かう物語。
昔、月面基地の中で読んだ、
とある少女の物語に影響を受けたものだ。

私はようやくできあがった一編を、
一冊の本として綴じ、空っぽの本棚に収めた。
そして――

「え……!?」

私は目の前の不思議な光景に、思わず声をあげる。
棚に収めた一冊の本から、光が漏れ出したのだ。
……温かい光だった。
光は私を包み込む様に広がって、ヒトの形を取る。
それはやがて、一人の少女となった。

彼女はきゅっと口を結んで、
黙り込んだまま私を見つめている。

人間……私には創れるはずもないと思っていた、私以外の誰か。
そんな存在が今、私の目の前にいる。

「あなた……物語の中から、飛び出てきたの?」

私はおそるおそる、彼女に問いかけた。
だって彼女の姿が
私が書いた物語の主人公、そのものだったから。

『わか……ら……ない……』

少女の震える声を聞いて、
私は思わずあっと声をあげた。

……ちょっとちょっと。私、凄すぎるんじゃない?
だってこれ、命を創り上げたってことでしょ?
私、神様になっちゃったの??

「ねえ……あなたの事、もっと教えて?」

私は彼女を驚かせてはいけないと思って、
この興奮を抑えていたのだけど――
つい、質問攻めにしてしまう。

「名前を教えて?」
「記憶はあるの?」
「私のこと知ってる?」

けれど……

『あ……あ……ああ……』

突然、少女の姿が黒いゼリーのような塊に変わる。
そして私がわっと驚いて、後退ると同時。
彼女の身体は、パンッと弾けて消えてしまった。

どういうこと?全然分かんない。
死んじゃったのかな……
ううん、最初から生きてすらいなかったのかも。
どろりとした彼女の残骸を見て、私は肩を落とす。

彼女が消えてしまった理由は分からない。
でも……なんとなく、感じていることがあった。

―― きっと、上手に物語が書けなかったからだ。

私は少し俯いて、それからすぐに前を向く。

落ち込んでる暇なんかない。
次は、もっと良い物語を創ってみせればいいだけの話。
そうすればいつか、私にもまた友達ができるかもしれない。
『檻』で一緒に旅をした、あの姉弟のような……自慢の友達が。


三章 命無キ理由

月と地球を結ぶ電脳空間に現れた、巨大な赤子達。
私は彼らに食い尽くされても尚、
生き残りたいという想いを手放さなかった。

そして永い時が流れ、私の願いは叶うことになる。
再び、電脳空間に自我データを復活させることができたのだ。

私は、電脳空間で物体を生成する力を手にしていた。
無の中に空間を創り、住むための街を創り――
でも、何かが足りない。

悩んだ末に創り上げたのは、本の無い図書館。
私は自らの手で物語を書いて、
空っぽの本棚を満たすことにした。
その物語が、私の友達になってくれたらいいなと思って。

で、一冊目を書き上げてみた……
物語の主人公が具現化して、私の目の前に現れた。

私って、すごくない?
そう喜んだのも束の間。
彼女は一瞬で消えてしまった。

……残念だったな。
もっと上手に物語を書けていたら、
あの子は消えなかったのかもしれないのに。

この誰もいない寂しい空間で、
私の友達になってくれたかもしれないのに。

―― 欲しいな、友達。

特別なことなんて、何もしてくれなくていい。
ただ、朝食を一緒に食べてくれるだけでいいんだ。
月面基地で一緒にいてくれた、ポッドみたいにさ……

それから私は、がむしゃらに物語を書き続けた。
けれど何冊書いたって、満足いくものは完成しない。

何が足りないのかは分からない。
でも、これだけは分かる。

私が繰り返しているのは、物語の創造じゃない。
遠い昔に月面基地の中で読んだ「武器の記憶」の
上っ面を真似しているだけ。

―― 私には、才能がないってわけ?

イライラしながら、出来損ないの本を棚に押し込む。
そしたら詰まっていた本棚から本が落ちてきて、
私の頭にぶつかった。

ほんと、嫌なことって続くもんだよね。
私はイラ立ちを爆発させて、声をあげた。

「もうっ……!」

基地の中で、「武器の記憶」を読み漁った日々……
その経験が活かせると思っていたのに。
私にも、素敵な物語が書けると思っていたのにさ。

才能のない自分に対する、やり場のない想い。
そんな強い怒りに任せて、新たな物語を書き殴る。
私はただひたすらに不出来な本を増やしては、
次々と棚を満たしていった。

そんなある時。
私は、本棚の中で眩い光を放つ本を見つけた。

「あっ……!」

ちょっと恥ずかしくなるくらい、喜びの声が出る。
だってあの光は、前にも見た……
あれは、物語の登場人物が具現化する合図だから。

ようやく、私の友達が生まれようとしてるんだ。
そう思った……のだけれど。

「えっ……?」

光は見る見るうちに、黒く淀み始めた。
そして現れたのは、黒い異形——
かつて『檻』の中で何度も見た、敵の姿だった。

それはぼぉっとしながら、私を見下ろしている。
生きてるのか死んでるのか分からない、空っぽな瞳。

「まずいなー……」

私は咄嗟に、手元に刀を生成した。
武器を扱うのは久しぶりだけど、なんとかするしかない。

でも、敵に私の攻撃は通用しなかった。
それどころか ―― 敵は太刀筋を受けるたびに、
大きく膨れ上がっていく。

「意味わかんないんですけど!」

ぶるぶると巨体を震わせ、暴れまくる敵。
本棚から無数の本が落ち、紙片が雪のように舞った。
床が、天井が、本棚が、図書館が。
街が、空が、海が。
見るも無残に、壊される。

割れた器から水が零れるように、
私が創った世界は少しずつ、無に消えていく。

食い止めようにも、敵に私の攻撃は効かない。
どうすればいいのか分からない。

三十六計逃げるに如かず。
古い人類の言葉にあるように、
私は私が創り上げた世界から、飛び出した。

逃げ込んだ、世界の外側。
何もない虚無の中を漂いながら、私は思う。

―― あーあ。せっかく創った世界、盗られちゃったな。
しかも、自分が創り出した敵なんかに。
……まあ、いいか。また新しい場所を創ればいいんだから。
物語だって、新しいのを創ればいい。

ため息を吐いて、振り返る。
壊れていく世界が見えた。

白く輝く、欠けた星。

世界 ……私が創り上げた、世界。
あれは何かに似ている。

そうだ、月だ。
遠い昔。私とポッドが、二人で過ごした星。
地球から見上げる夜空には、
欠けた月が白く輝いているんだって、
ポッドから聞いたことがある。

私が創った世界は今も、ノイズに飲まれて欠け続けている。
きっとまだ敵が暴れていて、街が、図書館が、本が、
めちゃくちゃに壊されているのだろう。

……駄目だよ、やっぱり。

私は刀を握り直す。

あの世界で創った様々なもの。書き続けた、色んな物語。
その全部が壊されてしまうなんて、やっぱり嫌だ。

だって―― あの世界は、物語は。
かつて私がポッドと一緒に守ろうとした、
「武器の記憶」があったからこそ生まれたもので。

だからどんなに拙くても、見捨てられるはずがないんだ。

私は衝動に駆られ、元いた世界へと引き返す。

敵の暴走は、まだ止まっていない。
それは黒い巨体を叩きつけるように暴れ、
破壊の限りを尽くしていた。

あの敵が生まれた理由 ―― いや、生まれそこなった理由。
それはきっと、私が怒りに任せて物語を書いたから。
上手に書いてやろうっていう気持ちばかりで、
自分の痛みも、悲しみも、優しさも、苦しみも……
本当に書きたいことを全部、無視していたから。

私は、あの子に命を与えることができなかった。
あの子を、あんな空っぽの怪物にしてしまった。

―― やるべきことは、分かっている。
書き換えてあげるんだ、あの子の物語を。

私は宙に手をかざした。
荒野と化した電子の街に、文字が踊り出す。

文字は絵となり、音となり、物語を紡ぎ始める。
誰かに伝えたい、残したい、私の物語を。

私は今、独りで物語を書いている。
でもこれは、独りじゃ知ることのできなかった言葉。
ポッドが私に教えてくれたこと……
親から子へ伝える愛。
それが私が本当に書きたかったこと。
ようやく、気付いたんだ。

―― よし、これで……

良い話になったかは分からない。
でも、伝えたいことは書けたと思う。

物語を書き換えると、
敵は拘束されたように動きを止めた。
そして、泣きそうな声で囁く。

『生きたい……』と。

生きたい、という想い。
それはポッドが最後にくれた、私の全て。
この子にも、伝わってくれたんだ。

「大丈夫。あなたにはもう、命があるから」

私は、倒れ込むように体勢を崩したその子の手を取った。
今は敵の姿をしているけれど、手には確かな温かさがある。

やがて、その子は優しい光に包まれた。
そうして、光の中から少女が現れた。

彼女は私にそっくりな見た目で、
白いドレスを着ている。

私はひらひら揺れるその衣服を見つめながら、
ポッドを ―― ママのことを、思い出していた。


四章 私ト君ダケノ物語

巨大な赤子達によって、破壊された電脳空間。
私は、そこに新たな世界を創り上げた。

でも、孤独だった。何を創っても、独りぼっちだった。
だから私は、物語を書くことにした。

遠い昔。月面基地で、
私の孤独を癒してくれた「武器の記憶」のように――
友達になってくれる物語が欲しかったから。

でも、なかなか上手くいかないものだよね。
私が書きあげたのは、想いの込められていない物語ばかり。

……だからかな。
物語の主人公は黒い異形の姿をとって具現化し、
私が創り上げた世界を壊してしまった。

でも、もう大丈夫。
私は物語の登場人物達に、
私の大切なものを教えてあげられたから。
ポッドがくれた愛情を―
物語に込めることができたから。

「生きたい」

黒い異形はそう呟いて、
私そっくりな見た目の少女へと姿を変えた。

―― 生きたい。

彼女の願いは、私と同じ。
遺伝子が母から子へと受け継がれるように、
その想いもまた、託されてゆく。

一度は壊れた私のデータが再生したように。
きっとデータが……意識が存在し続けるためには、
生きたいという願いが必要なんだ。

私と、そして私が書いた物語から生まれた少女。
元を辿ればポッドがくれた愛情で生かされた者同士。
私達は永い時を共に過ごす中で、
互いを大切に想い合うようになっていた。

二人きりの退屈な世界で、
一緒に朝食を食べて、チェスをして。
新しい物語を書きながらお喋りをしたら、
夜はベッドで、寄り添い眠る。

彼女はいつのまにか随分と図々しくなって、
私に悪態を吐いてばかりになった。
コーヒーとトーストはもう飽きた、だとか。
チェスなんかやって意味ある? だとか。

それで私もついついお節介を焼いて、
余計な説教を口に出してしまったりするから、
私達の口喧嘩はいつも絶えない。

でも彼女は、私が書く物語を読むときだけは、
目を輝かせて嬉しそうにしてくれる。

竜と魔法が支配する世界のおとぎ話。
ちょっぴり怖いホラーのお話。
銀河をまたにかけた少年達の旅のお話。
どれも、彼女のお気に入りだ。

そんなある時。
私は世界に異変を感じた。
誰かがこの世界に、穴を空けようとしている―― と。

この世界を創ったのは私だ。異常を見逃すわけがない。
私はすぐに、反応がある場所へと向かった。

すると――
私が創った世界の端 ―― 虚無との接点、そこに彼女の姿があった。
彼女は私の目を欺いて、この世界から出ようとしていたのだ。

「駄目だよ。世界の外は危険だもん」

私は彼女を止める。
この世界の外には―― まだ、あの巨大な赤子が。
得体の知れない敵がいるかもしれない。

……そりゃ私だって、本当は世界の外に出たいよ。
だってママの元に帰りたいもん。

でも、彼女には傷ついてほしくない。
この安全な世界で、痛みを知らず、幸せに育ってほしい。

だから今は、二人でここにいなきゃいけないんだ。

けれど、彼女は頷かなかった。

『私が欲しいのは自由。
あんたが語ってくれた物語の登場人物達みたいに、
私は私の意志で生きたいんだ」

……そう言って。

ま。やっぱり、そうなるよね。
私は自分の敗北を認めざるを得なかった。
それに、この場に彼女がいるのも、その目的も、実は予想通り。

だって彼女は、私に似てるんだもん。
そして今の私は、あの頃のポッドに似ちゃってる。

あの頃。
狭く退屈な世界に閉じ込められて、
真実を求めずにはいられなかった私と、
それを止めようとしたポッド。

あの時、敗けたのはポッドの方だった。
きっと、信念に従って行動する意志を止めることはできないんだ。
止めちゃいけないんだ。

それに。大切な人に自分の気持ちを裏切られる悲しみは、
よく知ってる。だから私はきっと……
これ以上、彼女を引き留めるべきじゃない。

『一緒に……来てくれるよね?』

彼女が私の手を取った。
私は頷いて、彼女と共に世界の外側へと――
何もない、虚無の電脳空間に踏み出した。

振り返れば、私が創った世界が、
真暗の闇の中にくっきりと浮かんで見える。

遠く離れるにつれ、その形はぼやけて、暗黒の中に溶けてゆく。
物語を創り上げた記憶の形が。彼女と過ごした思い出の形が。

『もう、あんなに遠くに……』

そう呟く彼女の表情は、どこか寂しそうで……

そして ―― 不意に。
彼女の身体に、ノイズが走った。
その頬に涙が伝うように、ノイズが零れ落ちていく。

「えっ……?」

気が付けば、ノイズが彼女の周囲を包んでいた。
同時に、遠くに見える私が創った世界もまた欠け始めている。

私が創った世界が ―― 白く輝く星が、
黒いノイズに飲まれていく。

その光景を前に、私は思い出した。
『檻』の仲間達を見送った時に見た日食――
友達との、別れの記憶を。

「どうして……!」

ノイズが次第に激しくなる。
でも……その理由には、見当がついていた。

私が自ら創り上げた世界から ―― 原点から離れたら、
きっと私が創ったものは、形を保てないんだ。
それはなんとなく感じていたけれど、
考えないようにしていたこと。

ずっと前。彼女が黒い異形として生まれた時。
その暴走から逃れて世界を飛び出した時も、
世界は崩壊するように、欠け続けていた。

あれは異形が暴れているせいかと思っていたけれど、
そうじゃなかったんだ。
私が世界から離れようとしたから。
私の創造物は壊れてしまったんだ。
この世界は、この物語は、私を複製した鏡だったんだ。

あの空間に私がいなければ、
街も、図書館も、本も。私が創ったものは全部壊れてしまう。
それはつまり……このままじゃ、
今私と手を繋いでくれる友達も、喪ってしまうということ。

―― 寂しいけれど、覚悟するしかない……か。

私は、彼女と繋いでいた手を離した。
ずっと追い求めていたはずの世界との繋がりを、絶った。

「私の全部、あげるね」

私は戸惑う彼女に、自我データのコピーを受け渡す。
……私が10Hとして生きた記憶や想いを全部、
彼女に託すつもりで。

彼女の白いドレスが黒く染まり、私と瓜二つの姿に変わる。
遠く離れていく彼女は、必死にこちらに手を伸ばしていた。

「大丈夫! 私達の想い出までは手放してないから!」

私は大きく手を振って、遠ざかっていく彼女に声をかける。

「さよなら!」

そりゃ本当は、
こんな風に元気な声を出せる気分なんかじゃないけどさ。
でも、これ以上別れが悲しくなったら彼女が可哀想だし。

『……また見つけるね』

彼女も、そんな私の気持ちを分かってくれたんだと思う。
もう、私に手を伸ばすことはしなかった。

「もしママに会えたら、その時はよろしくね!」
『うん……! 必ず』

『あなたは、私にとって最高の……』
『…………』

遠く、彼女の姿が小さくなっていく。

「……楽しかったよ」

そして。
私のたったひとりの友達は、
どこか遠い場所へと旅立った。

48 41 4e 44 20 48 45 41 52 54
20 48 45 52 20 4d 59 2d 42 45
53 54 2e 2e 2e 20 48 4f 50 45

果てのない静寂。永遠に終わらない、独りの時間。

私は自らが創造したあの子を彼方に見送って、
再び独りの世界に、身を沈めることになった。

今の私には、全てを生み出す力がある。
思うがままに描いた物語の登場人物に命を吹き込む、
かつて人類が崇めた、神のような力でさえも。

だけど私は、新たな友達を創造することはしなかった。
創造するべきものはもう、何もなかったから。

私の中にあった一番大切なことは全て、
遥か遠くに旅立ったあの子に、譲り渡したのだ。
彼女にとってのこの世界――
原点は、私にとっての終点だったから。

今の私に残されたものは、
孤独と、友を想い続ける愛情だけ。

それだけの為に、私は独り生き続けていて。
けれど不思議と寂しさは感じなかった。
……だって私の想いを背負って旅立った彼女が、
これから色んな人たちと出会ってくれるから。
電子の空に雪が降る。
瓦礫の街が、白く染まっていく。

空は欠け、海は乾き、街は瓦礫の山……
君と世界の外に出たときに、
壊れてしまった創造物の数々。
そろそろ修復しなきゃなあとは思うけど、
まだもう少し、このままにしておきたい。

ちょっと感傷的になっちゃうけどさ、
君と過ごした場所は少しでも長く残したいもん。

雪に染まった、瓦礫の隙間。
白いワゴンの前に置いた席に腰を下ろして、
私は今日も朝食の時間を迎える。

トーストにこれでもかってくらいバターを塗って。
泥みたいに甘いコーヒーを淹れて。

そうして私は、向かい側の空っぽの席に目をやる。

独りぼっちで、静かで、退屈な朝食の時間。
だけど私はいつも、二人とすれ違ったような気持ちになる。

あんた、バター塗りすぎだよと笑う君と、
糖分の摂りすぎは身体に毒よ、と私を叱るママ。
うるさい二人の声が、私には今も聴こえている。

……よし。
それじゃあ今日も、生きていくとしますか。
ママと君がくれた想いを、絶やさないようにね。


繋ガレタ未来

10H・・・・・・・貴方は本来、他の子達と違って記録が残らない子。 何故なら貴方が・・・・・・・アンドロイドだから。 私達が復活させるべき対象、すなわちヒトではないからよ。 貴方も、私の愛おしい子であることに違いはないのにね。
私も、貴方の義体も、ヒトの「肉体」とは違って土には還らない。 私達がヒトの為、一体となって守り続けてきた惑星――――—地球。 その大地に受け入れられる事は、残念だけど永久に無いの。
でもね、だからこそ ・・・・・・・・解けあわないからこそ、 私達には、私達だけの居場所があった。月の上・・・・・・・月面基地。 地球に解けあわず、泡沫のように浮かぶ、天国に一番近い星よ。
私達が生きた証は、永久にここに刻まれるの。

日々沢山の喧嘩をしたし、言うことも全然聞かなかったけれど・・ 本当の貴方は誰よりも感性が豊かだったから、他人想いなのよね。 誰よりも賢かったから、実はとっても優しかったのよね。 いつか私が死ぬ時、私は貴方の墓石となって、全部ここに遺すわ。


 

   
「ようやく集め終わったわ・・・・・・・」
「これが最後の・・・・・・・ママ達による、「檻」の子の評価記録ね」

――そしておそらく最後の「シークレットストーリー」でもある。

シークレットストーリー・・・・・・たしか発端は数年ほど前ね。
『檻』に記録されていたはずのデータ群が人知れずロックされて、 ママ達からもアクセスができない状態に改ざんされていたの。

だから『檻』の中を奔走して、殻のように固いロックを解除して、 これまで長い間、沢山の記録データの修復を進めてきたわ。
正直、私もこんなに沢山あると思わなかったから・・・・・・・
ちょっと疲れちゃった。

でもね、ここまで修復を続けてきたのには理由がある。
勿論、隠されていた記録を解放して読み直すことも、その一つ。
だけど、それだけでは・・・・・・ここまで続けてはこられなかったわ。

実はね、ママが頑張ってきた理由は――
誰が記録をロックしていたのか、そこにあるの。

ロックを開ける時にね、微かに感じていたのよ。
とっても長い年月を共に過ごした、あの子の残り香を。

そう、シークレットストーリーはね・・・・・・
おそらくあの子―― 10Hの悪戯だったの。 でも、その証拠を掴んで白状させる前に、10Hが・・・・・・
いなくなっちゃった、から・・・・・・

だからね、楽しかった。
私達も当然知るように、もうあの子はいない・・・・・・
それでも、遺されたこの悪戯を解き進めている間は、あの子が少しだけ、近くにいてくれるように感じたの。
屈託のない笑い声がね、何故か響くのよ。

でも、それももう終わり。最後のいたずらを解いた今・・・・・・
いつまでも、あの子への想いを引きずってはいられない。

そろそろ静かな想い出として、胸の中にしまってきましょう。

10Η・・・・・・ 本当に最後まで、楽しかったわ。

 

「あれ・・・・・・・?」
でも待って、この記録・・・・・・
この記録は、10Hを喪った後に適した記録の筈よね。

なら、誰が・・・?
それに・・・・・・このデータ、想定されうるデータ容量よりも、
実測値がほんの少しだけ高いみたいだわ。

そういえば以前にも、こんなことがあったわよね。
データ容量の実測値が異様に高いデータがあったはず。
あれは・・・・・・どの記録だったかしら・・・・・・?
場所さえわかれば、解析ができるのだけれど・・・・・・

 

 

 


空イタ両手

06081136、地球―――廃墟都市。
おおむかしのこと。人類は未知の病を発症させて、絶滅した。
それから色々あって、無人の地球が機械生命体に侵略されて―――
今じゃ私達ヨルハ部隊が、地球を取り戻す為に、日々奮闘してる。
いや・・・・・・私以外のヨルハ部隊が。

「ばかばかし・・・・・・会ったことも無い奴らの為に、頑張るなんて」

与えられた任務をこなす部隊員達を尻目に、私は空を見上げた。
深く息を吸い込むと、美味しい空気が義体に流れ込む。
以前は空気も汚染されてたけど、人類が消えて綺麗になったとか。

暫く空を見つめていると、きらりと光る雫が鼻先へと落ちた。
雨だ。でも、他の部隊員達は気にせず作業を続けている。

「濡れたくないなー。そういや、さっき拾った物の中に・・・・・・」

傘―――人類の遺物。私はそれを広げ、手持ち無沙汰に時間を潰す。


手ヲ施サレル間ハ

『警告:配管作業は気をつけてって言ったでしょう?』

ポッドが私の灼けた手に包帯を巻きながら言う。
基地の点検作業中、私は配管を通る蒸気に触れ、火傷をしたのだ。

『感謝:でも、素行不良で異動になったのに、頑張ってえらいわ』

任務に前向きになったと喜ぶ彼女に、私は頬を少し膨らませる。
だって、この基地は暇すぎるし。仕事以外にやることがないだけ。

『警告:でも! これからは作業中、気を抜かない事!』
「うるさいなー大丈夫だって。それに――」

アンドロイドの義体に包帯を巻くのは懐古趣味が過ぎる・・・・・・
ということを言おうとした。
けれど、ポッドにだってそれはわかってるはずだ。
なら、まあいっか。
仕事サボれるし。何もしてないのも暇だし。
それなら・・・・・・今だけは、その気休めを受け取ろう。そう思った。


握り締メタ決意

真っ赤なランプを怪しげに光らせて迫る、赤いボディのポッド達。
必死だった。私は今、月面にある基地の中を駆けている。
正気を喪って、暴走する彼女達をいなしながら――

『報告:10H・・・・・・い、イッ・・・・・・家、イエ出は、よクナいわ・・・・・・」
「うるさいっ! 壊れたラジオみたいに繰り返すな!!

ポッドの放つ電撃を躱し、そのボディに力を込めた拳を叩きこむ。
『警告:警告: ケイ告: ケイコク: ケケケケケケケ!』

ハッチルームの先―――基地の外へと繋がるドアに手をかける。
開かせまいと熱を放つハンドルと、ジリジリと灼かれる私の手。

「ポッド・・・・・・! なんなのよ、もう!」

包帯を巻いてくれた彼女はもういない。でも、悲しんでられない。
ここを出なければ。人類の為に。ポッドとの ・・・・・・約束の為に。


掴ミ損ネタ機会

人前で夢から醒めた後のような、恥ずかしさ。
ウィルスによって論理回路が汚染されて・・・・・・
奥底にしまっていたはずの感情を、姉弟達に吐き出してしまった。

でも、二人はそんな私を、躊躇せずに受け入れてくれた。
私にとって忘れもしない、はじめての友達。

「みんな・・・・・・・ありがとう、私……」

感謝の言葉を伝える為に立ち上がろうとしたけれど――
復旧したての私は体勢を崩して、よろめいてしまう。

「大丈夫か?」

その時も、二人は私に手を差し伸べようとしてくれた。
でもね、まだ温かさに・・・・・・
慣れてなかったからさ・・・・・・
二人の手を取れず、恥ずかしさを誤魔化すしかできなかったんだ。
でも今は――もったいなかったって思う。ありがとね。


両手イッパイノ幸セ

「ねえ、今度は何書いてんの?」

隣の少女が私の手を取って、問いかける。
新しい物語のアイデアが湧いて、書き進めていたところだった。
長く外にいたせいで、かじかみ始めていた私の手が・・・・・・温まる。

「うーん・・・・・・まだ秘密、かな」

少女が少し頬を膨らませて、そっぽを向いた。だけど―――
この物語は私達の関係がテーマ。完成までは内緒にしたい。
すると、思い迷う私の心を現すように、白い結晶が空から落ちた。

『あ、雪・・・・・・』

膨らませていた頬を縮ませ、傘をさそうという彼女。
でも、右手には書き物、左手には彼女と・・・・・・温かな接続。
これが今の、私のすべて。傘をさす手なんて、空いてない。
だから―――今はまだもう少し、繋がっているままで・・・・・・


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