キャラストーリー

スポンサーリンク
スポンサーリンク
 

  
 

Thanks for Resistance‼

動画掲載の許可をいただきました。本当にありがとうございます!

おっちゃ さん YouTube

リオン

「王子、 お身体の具合はいかがですか?」
荒野を目指し、 森の中を歩いていた時、
彼はそう言って、 僕の病状を尋ねた。

「僕は大丈夫。 それよりそっちは?」
瑞々しい森の空気も、 機械である彼には毒だろう。
僕は彼に、念の為メンテナンスをしようと提案した。

彼は言う、 今は先を急ぎましょう、と。
今のところ不調はなく、僕の手を煩わせる必要はないと。
きっと、僕の病を案じてくれてもいるのだろう。

「いつ戦闘になるか分からない、 確認だけでもしておこうよ」
僕がそう言うと、 彼は少し考えてから頷き、座り込んだ。
彼の電源が落とされ、 包帯の奥の瞳が、暗く落ちていく。

戦争を止めるということは、
始めることに比べて遥かに難しい。

その主な手段である和平を、
争いが生み出す疑心が阻むからだ。

だから僕たちは今、 戦争を止める為に、
和平交渉の橋渡しをする第三勢力を作ろうと、
各国を回っている。

だが、 王国の出という僕の立場もあって、
この旅には多くの危険が伴う。
彼には何度も命を救われた。

機械の彼にしてあげられることは少ない。
だから僕にとってこのメンテナンスは、
彼へのお礼のつもりでもあった。

咳が出る。 体が重い。
不快な汗が、 額と前髪を貼り付けた。

否が応でも、 病の進行を実感させられる。
息を吐いて、 上着の内側から小瓶を取り出すと、
それが最後の一瓶だった。

瓶の封を切り、 中身を喉へ流し込む。
この薬は症状を和らげる為の物でしかない。
効果が切れれば、
更に悪化した病状を知ることになるだろう。

次第に整いだすこの呼吸もまやかしだ。
けれど、それでも構わなかった。

メンテナンスも、 もう終わる。

空の瓶を懐にしまい、 彼が目覚めるのを待つ。
体調は、もう大丈夫だ。
彼に心配をかけることは無いだろう。

苦しむ姿を彼に見せる訳にはいかない。
どうせ、この病は治らないのだから。

駆動音が耳に届く、 彼が目を覚ます合図だ。

「動作良好。 ありがとうございます」
「良かった。 じゃあ先に進もうか」
「はい、王子」

これで良い。
これが、僕が彼につく唯一の嘘。
時間はない、 足を止めている余裕はないんだ。

フレンリーゼ

私は旅をしていた。 復讐の旅だ。
故郷を蹂躙し、 妹を殺し、 全てを奪っていった王国。
奴らは力に溺れ、 戦争を繰り返したあげくに瓦解した。
しかしその残党兵は、 いまも各地に潜んでいる。

残党兵を殺し尽くすまで、 私の旅は終わらない。

旅の途中で立ち寄った村。
白昼の村に、 助けを求める声が響いていた。
私の眼前で暴徒と化した王国の残党兵が略奪をしている。
振り上げられた拳が、 村の女性を襲う。
私はとっさに彼女を庇い、 残党兵を斬り伏せた。

「助けてくれてありがとう」彼女は感謝を告げる。
しかし、私はその言葉を無視した。

……復讐のために戦うだけ、人助けをしたつもりはない……

無言で立ち去ろうとする私の前に、 彼女は立ちふさがる。
「あなた…… その腕、 ちょっと見せて!」

彼女は私の義手の様子を確かめる。
どうやら彼女を庇った際に破損したようだった。
「こんなもの修理すれば何ともない……」
私はそういったが、 彼女は聞かなかった。

「この村に腕利きの技師がいるから、 私が案内するわ!」
そういって彼女は、 私の手をぐいっと引いて歩き出す。

破損した義手を修理するため、 技師のもとへと案内される。
具合を確かめる技師の手つきは熟練のものだったが、
今は部品が足りず、 すぐには直せないという。
彼女は「それなら!」といってぐいぐい私の手を引いていく。

次に連れていかれたのは村の酒場だった。
彼女は村人たちを集め、 助けてくれたお礼をすると言い出す。

気のいい村人たちは、 乗り気になって、
料理と酒と音楽で、 私をもてなしてくれた。

振る舞われた料理を口に運び、 その味に舌鼓を打つ。
温かい料理を食べるのは久しぶりだった。

「どう? 美味しいでしょ??」 と私の顔を覗き込む彼女。

その仕草に思わず口元が緩む。

私はふと我に返る。
笑みを浮かべるなんて、いったい、いつぶりだろう….
そんなもの、 過酷な旅の中でとうの昔に失ったと思っていた。

「義手の調子はどう?」 彼女は私に聞く。
足りなかった部品が揃い、 やっと修理された義手は、
むしろ、もとの状態よりも調子がいいように感じた。
私が義手の動きを確かめる様子を窺いながら、
技師の男は礼の言葉を述べた。

「僕の妻の命を救ってくれたんだ、 恩を返さないとね。」

話を聞くと、 私の助けた女とこの技師は夫婦だという。
恥ずかしがる彼女を気にするそぶりもなく、
技師はのろけ話を繰り広げる。
私は半ばあきれながら、 その話を話半分に聞いていた。

「用が済んだなら、 もう行きましょ!」
ついに我慢できなくなった彼女は私の手を引き、 外に出る。
仲のいい夫婦だ。 もうすぐ結婚して3年が経つらしい。
彼女は改めて私にお礼をいった。

私も、今度は彼女と向き合ってお礼をいった。
そして「この村を去る」と伝えた。
用が済んだから…… というのは表向きの理由だ。
私は、温かい人々の優しさに慣れてしまうことが怖かった。

その村の人々は村の入り口まで出てきて、
私のことを見送ってくれた。
手を振る彼女の笑顔が、 瞼の裏に、 仄かに焼き付いている。

「近くに来たときは、 また顔を見せてよね!」

その話を聞いたのは、 村を出た直後だった。
「王国の残党兵が、 報復のために近くの村を襲っている……」
私は気が付くと駆け出していた。

私が村入り口まで戻ったとき、目の前は炎に包まれていた。

「家族を殺された恨み、 村人全員の命で償ってもらう!!」

激情に駆られた残党兵は火を放ち、 叫びながら村を徘徊する。
生きている村人を探すため。 一人残らず、 殺し尽くすため。
私は目の前が真っ暗になった。

怒りの感情が表れる前に、 抜刀した身体が動いた。
修理された義手の動きは、これまでになくスムーズだ。
残党兵の剣をたやすく払いのけ、 一閃で切り伏せる。

私はその後、 ひとりひとり、村人の死を確かめていく。
抱き合う夫婦の死体を見つけたのは、 最後の最後だった。
略奪されていた村人を救ったつもりでいた。
だが、私の行為はさらなる惨劇の引き金になった。

復讐の輪廻に巻き込まれた死体たちの目が、 私を責める。
「お前の力が」 「お前の憎しみが」 「お前の憎しみが」 「お前の復讐が……」
こんな結果を……招いてしまったのだろうか……
戦い続けることで、復讐の連鎖を繋いでいく。 戦いをやめても、 残党兵は暴虐を続けていく。

戦い続けることで、 復讐の連鎖を繋いでいく。
戦いをやめても、 残党兵は暴虐を続けていく。
私は、戦い続けなければならない……戦い続けて…………….
殺戮を繰り返す
世界の憎しみの一部になっていくのだろうか。
目の前には、血と、 炎と、 真っ赤な世界だけが広がっていた。

ディミス

聞こえるのは、 木々のざわめきとカラスの鳴き声。
静かな夕暮れの森を見渡して、王子が呟く。

「ここは平和だね……」 と。

祖国の戦争を終結へと導く旅。
国々を巡り、王子が民に 「平和」を説く傍らで、
私は彼を多くの危険から守り抜いてきた。

だが、 戦争のために作られた機械兵の私は、
旅で多くの時間を共にしたにも関わらず、
王子が語る理想の世界を理解できずにいた……

王子の隣に寄り添い、 夕陽を見つめて私は思考する。
彼がここを「平和」だと称した意味を。
この赤色が何か関係するのだろうか、と。

持病の悪化と共に、王子の焦りは増すばかり。
一刻も早く平和を成し遂げたいようだ。

「快復まで、 森の教会を拠点にしましょう」
私の提案を納得してもらうのにも骨が折れた。

今日も王子の体調が優れず、 教会で夜を待つ。
私はこの機に、「平和な世界とは何か」と問いかけた。
驚いたように向けられた瞳には、意志が灯っている。

王子は手を伸ばし、 そっと私の胸に置く。
そして、微笑みながら己の理想を言葉にした。

「ここが痛むことのない世界だ」と。

それはきっと、 外傷の痛みとは異なるものだろう。
考えが及ばない私をよそに、王子は語り続ける。

私は、ただ頷いていた。
それだけで、 彼に笑顔が戻る気がしたから。

王子の持病は、 彼の体を着実に蝕んでいった。
立ち上がることすらできない彼のために、
私は日々、薬と食料を求めて周辺の街を巡る。

街で目にするのは、 戦争で変わり果てた民の姿。
家族を失い嘆く者。 飢えに苦しむ者。
機械兵の私は、 容赦なく武器を向けられた。

今日の収穫も、 森で拾ったリンゴだけだ。

食べ物を噛むことすら難しい王子のために、
私はリンゴを咀嚼して、 彼の口へと移す。

やつれた頬、 今にも消えそうな吐息を間近に、
胸の奥を握られたような、 鈍い痛みを感じる。

「ここが痛むことのない世界……」
その王子の言葉を、 私は唐突に理解した。
失わないと手にできなかった、 その意味を。

体ハ錆ビニ侵サレ 記憶ノ欠損ガ進ム……
ソレデモ 私ハ 寄り添イ続ケル。
時間ニ蝕マレタ 王子ノ傍ラニ。

胸ニ空イタ 虚ロナ大穴。
王子ノ  最期ヲ前ニ 生ジタ痛ミハ
モウ……感ジナイ。

私ハ コノ教会ヲ 赤ク染メル。
王子ノ 救イヲ拒ンダ挙句
彼ノ眠リヲ邪魔スル 人間達ノ血デ

旅立チノ日ニ交ワシタ 約束二従イ
私ガ 王子ヲ……彼ガ望ミ続ケタ平和
未来永劫 守リ続ケル……

アケハ

私の家の屋敷、其れを囲う塀の上には、
赤色の針が備えられている。
其の赤は血の色を思わせ、威圧的に空を仰ぐ。

然し彼れは、所謂忍び返しとはまるで違う。
外敵の侵入を阻む針など、
此の家には必要無いのだから。

鬼の巣とさえ呼ばれる此の家に近付く者は居ない。
居たとしても、針に貫かれる方が遥かに、
『まし』な死に方が出来るだろう。

彼の針は、内部からの逃亡を防ぐ為に在る。
鬼を外へ逃がさない為に。

苛酷な鍛練、酷薄な教え、残酷な仕事。
其れ等に耐え兼ね、逃亡を企てる者も居るだろう。
事実、過去に何人かが塀を超えようとした。

然し彼等は皆殺された、一人の例外も無く。
鮮やかに赤く塗られた針は、
逃亡を考えた者に、彼等の死を思い出させる。

私が知る人間にも一人、
此の家から逃げ出そうとした者が居た。
当主の兄、私にとっては伯父に当たる人物だ。

任された殺しの内容に承服出来なかったと聞く。
だがその伯父も、他の例に漏れず獄門に処された。

家の教えは余りに厳しい。
其れは、当主の娘と云う立場であった私も例外では無かった。
家督であれば、他より厳しく教えるのも当然だろう。

殺し屋の家に笑顔は無く、浴びせられるのは怒号や重圧ばかり。
そんな中、
私に唯一笑いかけてくれたのは、伯父だけだった。

姪である私を、気に掛けてくれていたのだろう。

だが彼の日、その笑顔も消えた。

実の弟に容赦無く斬られ、
見せしめに晒された伯父の首は、
苦悶の表情を張り付けた儘、もう笑いはしなかった。

其の時に私は理解した。
彼の針は越えられない、優しさに意味は無い。
私は、命令に従って人を殺す他無いのだ、と。

時間が過ぎ、私は父の跡を継いで、家の当主と成った。
家の外へ、自由に出られる様に成った。
だが如何だろう、私は未だ殺し屋の儘で居る。

或る考えが頭を過った。

「私は、人を殺す理由を、
彼の針の所為にしていただけなのでは無いか」

役目や針を理由に人を殺し、
居場所が保証された巣の中へ、
自ら逃げ込んでいただけの、殺人鬼なのでは無いかと。

塀の外から見上げた、昔と変わらぬ空が目に痛む。
私は何か、選択を誤ったのだろうか。

意味のない問いを繰り返す私は、
黒々とした感傷に身を任せる事しか出来なかった。

アルゴー

俺の生きがいは、世界中を冒険することだ。
あまたの苦難だけが、俺に「生」を感じさせてくれる。
冒険以外のことは、すべて添え物に等しい。
この考えが変わることは、生涯ないだろう。

俺はこれまで、いくつもの秘境に挑んできた。
人跡未踏の山々、灼熱の砂漠、永久凍土の島、
暗闇の樹海、深淵の大洞穴……
数は覚えていないが、とにかくたくさんだ。

先日、妻のお腹に待望の第一子がやってきた!
俺は妻を気遣い、「何かしてほしいことは」と尋ねた。
それでこの寒空の中、雪山の中腹に立つ我が家から、
ある場所に向かっているというわけだ。

俺が向かうべき目的地は――「街」だ。
街に出るなど、いつぶりだろうか。
買い出しは妻に任せきりだったからな。
たまには妻の代わりにお使いも悪くない。

俺は久しぶりに味わう街の喧騒をよそに、
妻に教えてもらった店を探す。
しかし、どこにあるのかよくわからない。
ここが山なら道に迷うことなどないのだが。

うろうろしていた俺を、露天商が呼び止めた。
俺のことを高名な冒険家と見込んで、
ぜひ見ていってほしい物があるそうだ。
ふふ、高名な冒険家とは、見る目があるではないか。

露天商は、いくつかの品物を軒先に並べた。
業火を生む火打石、病魔を退ける護符、
炎天下の中でも絶対に溶けない氷……
どれも冒険で使えそうな物ばかりだ。

露天商いわく、これらの道具は貴重がゆえ、
いまを逃すと二度と手に入らないそうだ。
俺はこの巡り合わせも天意であろうと、
火打石、護符、溶けない氷を全部買った。

露天商のもとを去った俺は、ハッと我に返った。
妻に頼まれた買い物をしないうちに、
金がすべてなくなってしまったではないか。
止むを得ん、かくなるうえは……

俺は着ていた防寒具を質に入れ、金に換えた。
折しも季節は冬……肌着一丁では寒いが仕方ない。
あまたの冒険で鍛え上げたこの身体、
やすやすと寒さに屈することはない。

俺はどうにか妻に頼まれた買い物を済ませ、
家路につこうと雪山を進む。
しかし、途中で猛吹雪に見舞われてしまった。
さすがに寒い……あの岩陰で吹雪をやりすごそう。

岩陰に身を隠して吹雪を遮った俺は、
「業火を生む火打石」で暖を取ろうと試みる。
さっそく持っていた鋼を火打石に打ち付けると、
無残にも石は砕け散ってしまった。くそ、不良品か。

凍える身体をさすりながら、俺は何とか帰宅した。
肌着一丁の俺を見た妻は、「なぜ」と当然の疑問を投げる。
俺は買い物を妻に渡すと、事の顛末を話す。
火打石は壊れたが、貴重なお宝を二つも手に入れたと。

その晩、俺は高熱にうなされた。
あの猛吹雪の中を肌着で歩いたせいだろうが、
露天商から買った「病魔を退ける護符」とは……
くそっ、こいつも不良品かっ!

俺はいま、「溶けない氷」を詰めた氷嚢を頭に乗せ、
暖かい部屋で寝床に伏している。
時間が経つにつれ、氷嚢は俺の熱を吸収し、
どんどん生暖かくなっていく……

「溶けない氷」が水と化した氷嚢を、俺は頭からどけた。
あの露天商め、不良品ばかりではないか……くそっ!
だがあいにくここは雪山。外は天然の氷室だ。
不幸中の幸い、氷に事欠くことはない……

063y

妻の機嫌が悪い……
原因は私が妻の誕生日を忘れていたこと。

悪いことをしたと思うが、
そんなに怒ることなのだろうか?
率直にその気持ちを伝えることにした。

どうやら墓穴を掘ったらしい……
女心が分かってない。ガサツすぎる。デリカシーが無い。と
日頃の不満が溢れだしてしまった。

でも、そこまで言われると私も黙ってはいられなかった。

そうやって関係ないことを引き合いに出す、
君のそういうところが嫌いだ。
……言った瞬間まずいと悟った。

妻が鬼の形相をしていたからだ。

妻は黙って扉を指さした。
どうやら部屋を出て行けというらしい。
これは従ったほうがよさそうだ……

私は食堂へと逃げ込んだ。
顔色が悪かったのか仲間がどうしたのかと寄ってきた。
妻と喧嘩したことを話すと、大きな声で笑われてしまう。

仲間が言うには、やはり私が悪いらしい。
あれやこれやと仲直りの作戦を考えてくれる。
いい仲間を持ったと思う。

私は仲間直伝の「作戦」を実行することにした。

自室へと戻り、有無を言わさず妻を抱き上げる。
困惑している様子だが、満更でもなさそうだ。

私は嬉しくなり、抱き上げたまま回転したり踊ってみたりと
「力強さ」をアピールした。

やりすぎた。
そう思ったときにはすでに遅く、
妻はげっそりしつつも鬼の形相をしている。

私は怒られる前に急いで部屋を飛び出した。

どうしようかと考えていると上官が現れた。
私と妻の大喧嘩は基地で噂になっていたようだ。
作戦の妨げになると注意されてしまう。

私はあらすじを話し、仲直りの方法を相談した。
しかし、そんなもの知らんと一蹴されてしまう。
上官は少し笑い声をこぼす。

上官は、昔はこれで仲直りしていたらしい、と
「紙」を渡して去っていった。
意図は分からないが、無駄なことはしない人だ。
何か意味があるのだろう。

「紙」は過去の遺物だ。
基本は文字を記入して使う。
そこで思い至った、私は余計な一言が多いからか……

私は妻に「手紙」を書くことにした。

「手紙」と言っても何を書けばいいのか。
まずは日頃の感謝からだろうか……
いや、謝罪からがいいだろうか……

妻のことを考えながら一文字ずつ紡いでいく。
書いては消し、書いては消し……
それを十回ほど繰り返し、短い手紙が出来上がった。

妻に手紙を渡すと目を丸くする。
「手紙」を見慣れないのもあるが、
素直に謝罪してきたことに驚いたのかもしれない

手紙を読むと少し微笑んで私を見つめる。
そして、ギュッと抱き付いてきた。
どうやら許してもらえたようだ。

「生涯をかけて君を守り、愛する」
くしゃくしゃの紙に綴った不器用な文字。

この言葉を君に誓う。

たとえ、どんな未来が待っているとしても……

F66x

昔のことを思い出していた。
もう帰ってこない我が子との思い出を。
写真立てに入った幸せそうな家族のことを。

ふと、夫が優しく抱きしめてくれる。
この温もりだけは……ずっと変わらない。
冷えた心がゆっくりと溶けていく。

この人を失いたくない、そう強く思っていた。

その時、基地に轟音が響きサイレンが鳴った。
続けて流れたアナウンスが『花』が基地内に
侵入したことを知らせる。
基地の防衛網が破られるなんて初めてのことだった。

私は写真立てを抱え、夫とともに急いで駆け出した。
武装が無い状態での『花』との戦闘は無謀だ。
私達は基地から退避することにした。

基地ではすでに惨劇が広がっていた。
突如現れた『花』の群れに抵抗することもできず、
蹂躙されている仲間達。

助けを呼ぶ声がそこら中から聞こえる。
でも、立ち止まってしまったら
『花』に飲み込まれてしまう。
私達は振り返らずに走った。
ごめんなさいと謝罪の言葉を紡ぎながら。

懸命に走ったが『花』はどこにでも現れた。
私達は追い詰められ、『花』による一撃が繰り出される。
もうだめかと思ったが、痛みが無い。
夫が私を庇い『花』の攻撃を受け止めていた。

夫は何とか生きてはいたが、次の一撃は耐えられない。
逃げろと叫んでいる夫を、今度は私が守る番だ。
写真立てを強く握る。大丈夫、あの子が守ってくれる。
それに、私はあなたと一緒ならそれでいい……

『花』による攻撃が私に降りかかろうとした、その時、
武装を調えた仲間と上官が現れ『花』を斬り伏せた。
反抗作戦が始まったらしい。

私達はなんとか生き延びることができた。

倒れている夫には、
痛々しい傷があるが「名誉の勲章だ」と笑っている。
元気はあるようで、本当に良かった。

私達は上官とともに後退。
夫の傷は深く、治療室で手術を受けることになった。
完治するといいのだが。

私は夫に、お守り代わりにと写真立てを渡した。
きっとあの子が守ってくれるから、大丈夫。
夫は写真立てを胸に抱き、治療室へと消えていった。

夫が治療室へ入ってどれくらいの時間が経っただろうか。
自分の心が冷えていくのを感じる。
元気だったし大丈夫なはず……でも、もしかしたら……

不安に押し潰されそうになった。

治療室から夫と上官が出てきた。
夫は無事のようだ。心の底から安堵する。
しかし、夫は直近のことを何も覚えていないという。
それに渡したはずの写真立ても持っていなかった。

記憶喪失はショックによる一時的なものらしい。
でも、なぜ写真立ても消えているのかは分からない……

そんな不安な表情を察してか、夫が抱きしめてくれる。

そこには以前と変わらない温もりがあった。
私の不安が、冷えた心がゆっくりと溶けていく。
あなたが無事ならそれでいい……それで……

ラルス

硝煙と血の匂いが交じり合う戦場の空気を、目一杯吸い込む。
先の作戦は成功し、部隊の仲間たちと共に帰還したが、
俺は間を置かず、自ら志願し、新たな任務へと赴いた。
俺にとって今や、戦場だけが生きた心地のする場所だった。

今まで俺の心を支えてきたのは、復讐。
ただそれだけだった。
それなのに……殺した復讐の相手が本物の父親?
大切にし続けてきた家族が、本当の敵だったって?
笑える。笑えるよ。笑える話だと思うよなあ、オイ!!

我に返ると、目の前には倒した敵兵の死体。
俺はその死体に剣を突き刺し続けていた。
肉を切り裂き、溢れる血の温もりを感じる瞬間、
そのときだけは、心を落ち着けることができた。

突然、爆音が地面を揺らす。近い。
音を追うように、炎を吸い込んだ空が赤く染まる。
深紅の空を眺めていたら、また心がざわざわとし始めた。
俺は不安を打ち消すために、また敵を探し始める。

戦況は優勢だった。
大方の敵兵は死体になるか、そうでなければ撤退していた。
しかし、俺はまだまだ満足できていない……
生き残った敵が隠れていないか、
人影を見落とさないよう、注意深く戦場を進んでいく。

崩れた家の陰に、人の気配を察知した。
思考回路が一瞬にして臨戦態勢に切り替わる。
ゆっくりと距離を縮め……一気に剣を振り上げる。
しかし、そこに居たのはうずくまる少女だった。

俺は内心がっかりした。生存者は保護するのが規則。
面倒なことになったな……
そう思いながら、血に塗れた手で彼女の腕をつかんだ。

彼女は「ひゃっ」と小さな悲鳴をあげる。
俺はそれを無視したまま、腕を引いて歩き出した。
すると彼女は、そのまま前のめりに倒れる。
俺はやっと気が付く。彼女は目が見えていないことに。

彼女は地面に座り込んだまま、
血のついた俺の手を握り返して言った。

「怪我を……しているんですか……?」

俺はびっくりして、その手を払いのける。
しばらく、気まずい沈黙が続いた。

俺は沈黙を払いのけるように、一言だけ呟いた。

「それは……俺の血じゃない」

そう言って手についた血を服で乱暴に拭い、
彼女の身を起こした。

彼女の手は柔らかかった。
争いの中で、敵を殺すためだけに使われる俺の手。
いびつに歪んだそれと、同じものだとは思えなかった。

俺は仕方なく彼女を背負い、戦場を歩き出す。
背中から、彼女の体温が伝わってくる。
戦場が、妙に静かに感じた。
俺の耳には、自分の心臓の鼓動だけが響いていた。

戦場から帰還した俺は、野戦病院を訪れた。
病室の窓から差し込む光、木々のざわめき。
ベッドに横たわる彼女は、窓の方に顔を向けている。
戦場で傷ついた彼女は、ここで療養をしていた。

俺は彼女に話しかける。
どうしてあんなところにうずくまっていたのかと。
彼女は言葉少なに語る。
親から疎まれ続けた短い人生の末、
ついには戦禍の中に置き去りにされたのだと。

しばらく黙っていた彼女は、呟くようにいった。

「いま……空はどんな色をしていますか……?」

窓の外を眺める。
その空は、戦場の空とは全く違う色をしていた。
俺は彼女に「青空、深い青色だ……」と答える。
彼女は見たことの無い「青」の色を、静かに想像する。

ここには、俺を不安にさせるものはなにもないはずだった。
それなのに、彼女の隣にいると、なぜか心がざわざわする。
それは、今までずっと感じてきた不快感とは何かが違った。
俺はその感覚がいったい何なのか考えながら、
彼女の心の中に広がる空の色を想像していた。

グリフ

「僕は……一体どうすれば……」

軍の会議室で、僕は難題に頭を抱えていた。
徹夜で考えを巡らせ続けて、酷く疲れている。

それは、遠い故郷の家族に送る電報の文面が、
一文字も思いつかないという難題だった……

先の戦争で隊の皆を無事に帰還させ、数日が経つ。

たまには親孝行をと、電報を隊員から勧められたが、
僕は入隊後8年間も、家族に連絡をとっていない。

「今更、送ることなんて……」

僕は、家族との記憶を思い出しながら、
送らずに済ませる言い訳を考え始めていた。

相も変わらず、拠点で騒ぐ隊員たち。
彼らは家族とどんな電報をやり取りしているのだろう。
足がかりを得ようと、僕は話を聞き回ることにした。

ある隊員は、隊長に昇進したと、
出まかせの出世を電報で伝えたらしい。
息子の活躍を知らせ、両親を安心させるのだという。

ある隊員は、両親との思い出を伝えたらしい。
昔、ボール遊びをよくしていたと話し、
息子不在の寂しさを紛らわせてあげるのだという。

皆、家族との電報に込めた想いを楽しそうに語る。
数々の戦争で、命を預けあってきた隊員たち。

なのに、今は感じられずにはいられない。
僕と彼らの育った世界の距離を……

僕の両親は、反戦争を唱える活動家だった。
祖国は軍事国家。両親の活動のせいで、
僕は幼い頃から奇異の目で見られながら育つ。
街で聞く陰口は、全部両親へのものだと思えた。

ある日、父親が軍に射殺された。
反戦の理想を掲げ、熱心に演説をし続けた父は、
何も成し遂げずに死んだのだ。

僕は勝手に、父から無駄な生を生きるなと学んだ。

僕は入隊を望み、軍でのし上がると息巻く。
その志を愚行だと言う母親を蔑み、
嫌気がさした僕は、強引に家を出ることにした。
その時、母親が向けた虚ろな目を忘れはしない……

記憶の奥底に封じた、家族と過ごした日々。
思えば、あの頃に豪語していた出世もできていない。
散々悩んだ挙句、僕が母親に宛てた電報の内容は、
たどたどしい8年分の謝罪だった……

僕が電報を送るために悩んだ時間とは裏腹に、
故郷にいる母親からの返信はすぐに届いた。
勘当されて当然の僕に、母親がぶつけた想いは……

「あなたが生きていていれば十分」

僕は何も分かっていなかった。
分かろうともせずに生きてきた。

父親の反軍の活動の真意も、
入隊を否定し続けた母親の真意も……

過去の過ちが消えることは、決してない。

目の前に並ぶ大切な仲間たちと、
彼らの家族に想いを馳せる。

この光景をこの目で見られたことが、
僕が最も誇れる、命をかけて成し遂げたことだ。

僕は彼らに敬礼する。
込み上げるこの想いは、伝わらないだろうけど。

ノエル

――目を覚ます。
それと同時に、頭に残る感覚に気付いた。
……夢を、見ていたらしい。

空を飛び、そして落ちていく夢。
いつも見る夢と、そう変わらない内容。

夢は人間にとって、
記憶を整理する際に見るものだと聞く。
それが本当なら、空を飛んだことのない私が、
この夢を見たのはどうしてだろう。

私が空を飛ぶ事に憧れているのか。
それとも――

あの時の、オリジナルのお姉さまの影響だろうか。

今日は夢を見なかった。
覚えていないだけ、とも聞く。
私の身体のことなのに、私には分からない。

造られた私達に、本来睡眠は必要ない。

定期的な調整が前提ではあったから、
永久的な自律行動が可能という意味ではないけれど。

でも、私は違った。
私は――私だけは眠り、夢を見る。
私の物ではない記憶と、私の感覚が混ざった夢を。

私だけが眠る理由は分からない。
けれどその夢は、私にとって無くてはならないもの。
どうしても、必要なもの。

今日はまた、夢を見た。
あるいは覚えていた。
深い森の中、ちいさな小屋で暮らす人に出会う夢。

眠っていた間の感覚に集中すると、
胸の奥が締め付けられるような、
上手く息のできなくなる感覚に襲われる。

きっと、これはオリジナルであるお姉さまの記憶だ。

暴走の影響なのか、オリジナルのお姉さまの記憶へは、
霧に覆われた道のように、うまく辿り着けなかった。
その記憶を垣間見れるのは、夢の中だけ。

けれど、その夢は現実とは程遠い。

だって私は、
この地上で人間を見た事なんてないのだから。

私が研究施設の外に出て見たものは、
記憶より豊かな自然と、記憶よりも荒廃した都市。

そして記憶にはない、機械の群れ。

人の姿はなかった。ただの一人も。
その光景は、かつて地上に居たお姉さまの記憶とは、
あまりにかけ離れている。

考えたのは、
私は一体、どれだけの間眠っていたのかということ。
けれど、その答えを知ることもできない。

変わり果てた地上で、
私はお姉さまの『思い出の場所』に辿り着けるのだろうか。

その手掛かりは、夢の中にしかない。

レヴァニア

俺の頭の中を、奇怪な風景が駆け抜けていく。
ここはどこだ……俺はなぜここにいるんだ。
何も思い出せない。
思い出そうとしても、俺の記憶が拒絶する……

俺には、何かやる事があった……はずだ。
絶対にやらなければいけない『何か』が。
朦朧とする意識の中、
ふと誰かの声が聞こえたような気がした。

『貴方は代償として、声や、感覚を失ってしまうわ……』
『本当にいいのね?』

この声……そうだ、俺は……
意思も、言葉も、希望も……すべてを失ったのだ。

この白い服の少女は……
胸を締め付ける痛みが、俺の空虚な記憶を揺さぶる。
この子は、俺の…………駄目だ、思い出せない。
そもそも俺こそ……一体誰なんだ。

この手……足……身体……
俺はニンゲン……なのか?
いや、違う。
俺はニンゲンではなかった。
この身体は、俺が目的を果たして手に入れたもの……

俺は荒涼としたこの世界で、ニンゲンの夢を喰い、
ニンゲンになる事を望んでいた……
なのに、なぜこんなに心が苦しいのか……
念願のニンゲンになったのに…………なぜ。

『貴方はもう一度夢を集め直す必要があります』

またあの『声』が俺の頭の中にこだまする。
どうしてニンゲンになった俺がまたそうする必要がある?
砕けた記憶の断片が、棘のように心に刺さっていく。

俺は、理由のわからない焦燥感に駆られていた。
白い服の少女……ニンゲンになった自分……
早く『何か』をしなければ、取り返しがつかなくなる。
それだけは、わかっていた。

ニンゲンになりたい。人ゲンになりたい。ニン間になりたい。
俺が生きる目的は、たった一つだったはずだ。
それが叶ったというのに、何の嬉しさもないどころか、
沸々と湧き上がる罪悪感のような感覚は一体……?

俺は、あてもなく闇の中を歩いている。
自らの顔がどうなっているかは知る由もない。
しかしこの華奢な体躯……ふわりとした髪……
絞めつける首輪と手枷……
俺は自分が誰なのか、確信した。

白い服の少女――あの子の姿が、頭から離れない。
あの子は一体誰なんだ?
俺はなぜあの子の姿に?
俺はあの子に何をした?
あの子は俺に何を……?
闇の中に、ピチャンと水の撥ねる音が響く。

『ねえ、カイブツさんが人間になったらね……』
『また、わたしとお友達になってくれるかな?』

……確かにあの子は……そう言っていた!
俺の中に散らばった記憶の断片が、繋がっていく――

どれだけ眠っていたのだろうか。
俺は身体をぎこちなく起こし、無機質な石畳に立つ。
寝ている間、俺はあの子の夢を幾度となく繰り返し見ていた。
あの子と共に過ごした――大切な時間を。

俺のすべての記憶は――長い眠りと共に甦った。
そして俺は再び、この『檻』に立っている。
あの子を早く元に戻さねば……
あの子から俺が奪ったものを早く返さねば……

『あらあら、ようやく起きたのね。』

謎の浮遊物体は、素知らぬ顔で俺に言った。
白々しい事この上ないが、今はこいつに頼る他に道はない。
俺は様々な物を失ったが……記憶だけは取り留めている。

あの子を助けるため、俺は今一度、『檻』を遡る。
そしてあの子を元の姿に戻したら、
まだ答えていない問いかけに、こう答えてやる。

俺がお前の友達になってやる――と。

フィオ

わたしの遊び場。
おうちから少し離れたところにある古い遺跡。
ここは、誰にも教えたくない、
わたしだけのとっておきの場所。

一人になりたい時は、いつもここで遊んでいた。
だけどある時、この場所で初めて人と出会った。
少しさびしそうな顔をしたお姉さんが、
日陰に座って本を読んでいた。

ひと目で貴族だってわかった。
とってもすてきなお洋服だったから。
それに、見たことないほどきれいな顔だったから。
ぼうっと見とれるわたしに気づいて、
お姉さんはふっとおかしそうに笑った。

「この本、私にはもう必要ないから、
 あなたにあげる」

お姉さんは、読んでいた本を閉じて、わたしにくれた。
貴族の人とお話ししたのは、これが初めてだった。

貴族のお姉さんからもらった本。
それは、きれいな絵が描いてある童話集だった。
本を手にしたその日から、わたしはうれしくて、
何度も何度も読み返した。

どのお話にも、すてきなドレスを着たお姫様が登場して、
王子様と恋に落ちている。
わたしの毎日とは全然違う夢のような世界に、
わたしはかなしい現実を忘れられた。

だけど、この本は変だった。

絵の中にあるお姫様の顔だけが、
全部真っ黒に塗りつぶされていた。
そして、
どのお話も、最後のページだけが、
乱暴に破り取られていた。

絶対絶対、お姫様は幸せになってるはずなのに……
わたしは、結末を読みたかった。
それ以上にまた、あのお姉さんに会いたいと思った。

わたしは街へ出た。
本をくれた貴族のお姉さんと、もう一度会いたい。
身分は違うけれど、友達になりたい。

……なれるかもしれないと思って。

その日、街ではにぎやかな結婚式が開かれていた。
真っ白なドレスを着たきれいな花嫁さんが、
大勢の人に囲まれながら、
さびしそうな顔をして歩いている。

その表情を見て、すぐに思い出した。
――あの時のお姉さん!
きっとお祝いすべき場面。
なのに、 わたしはためらった。

だって、 笑顔の人たちに囲まれていたけれど、
お姉さんのその表情はどう見ても、
「たすけて!」って叫んでいるようにしか、
見えなかったから……

夢を見た。

夢の中で、 白いドレスを着た貴族のお姉さんが、
わたしに何かを伝えようとしていた。

「――あなたは、
 ■■をなくさないで」

さびしそうにそう言ったお姉さんの白いドレスは、
胸のあたりからみるみる赤に染まっていった。
その赤は、やさしいお姉さんには似合わないほど悲しくて、
わたしはうなされて飛び起きた。
わたしはまた一人で、 遺跡で遊んでいた。

その日、岩の間に何か挟まっている事に気付く。
それは、 ビリビリに引き裂かれた絵本のページ。
お姫様と王子様が幸せな結婚をするという結末だった。

そのあと、街でうわさ話を聞くようになった。
ある貴婦人が裸足で逃げ出していた、とか、
ある貴婦人が一人で笑っていた、とか、
ある貴婦人が自殺してしまった、とか。

わたしは、それがあのお姉さんだとは信じていない。
だって、お姫様は幸せになるんだから。

サリュ

学舎に入り、数年経っただろうか。
日頃の努力の甲斐あって、
私は高等クラスで、魔法薬学を研究することになった。
ちょっとおっちょこちょいな、眼鏡の親友と一緒に。

高等クラスでは、クラス全員が賢明に研究に取り組む。
研究成果の優劣を、毎月教員から判定されるからだ。
私は張り切って勉強を始めた。

些細なことまで率先して取り組んでいた私は、
いつの間にかクラスの代表になっていた。

そんな、何でもひとりでやろうとする私に、
眼鏡の親友は声をかけた。
みんなと一緒に、協力してやろうと。

クラスのみんなで研究を始めた私達。
しかし、最初は楽しそうにしていたクラスの仲間達は、
日に日にやつれた顔になっていく。

そんな仲間達の態度を見て私は、
努力が足りてない奴ばっかりだと、内心がっかりする。
クラスの仲間達は、日を追うごとに、
ひとり、またひとりといなくなっていった。

気が付くと、研究に取り組んでいるのは、
私と、眼鏡の親友だけになってしまった。
しかも、親友は頑張れば頑張るほど、緊張して失敗する。

失敗する度におどおどしている親友。
彼女に向かって、私は注意を促す。
もうすぐ研究も大詰めなんだから、気を引き締めてよね。

仲間がいなくなっても、私のやる気には関係ない。
途中であきらめるなんて、絶対いやだから。

研究は終盤に差し掛かっている。
人手不足は否めないけど、
なんとか、私と、眼鏡の親友のふたりで、
この研究を完成させる。

研究の最後には、難関が待ち構えていた。
1ミリも内容を間違えられない調合。
しかもそれを、私と親友ふたり同時で、
瓶の中にいれてあげないといけない。

緊張の瞬間。
手に汗を握る私の目の前で、親友は「あっ」と声をあげた。
瓶の中の薬品が、青色から、泥のような色に変わっていく。

学舎の寮。私は親友の部屋の扉を叩く。
親友は出てこない、でも、そこにいる。
私は声をかける。
「もう一回だけ、一緒に頑張ろう?」

親友は私の声に応える。
自分は高度な研究についていけない……
いないほうがましだと。

私はちょっとムッとして、言ってやった。
そんなの別に構わない、あんたが何度失敗したって、
私は優秀だから、何回でも取り戻せるんだから。

扉を開けた親友は、涙を拭いて、眼鏡をかけなおす。
私は彼女の手を引いて、もう一度研究室へ向かった……

プリエ

私は、不安げに教室を見回す。
周りには、私と同じように、学舎に入学したばかりの生徒達。
教室に集められた生徒達は、教師の話を聞く。
学舎での生活について、教師は説く。

教師が説く、生徒達の役割。
生徒達は自主性を発揮して、
様々なことに取り組むべきらしい。

利発な子は、生徒会長。
活発な子は、体育委員。
美人な子は、風紀委員。

周りのみんなは、得意なことを持っていて、
率先して手を挙げていく。

次々席が埋まっていくあいだ、私は、
どんどん暗い気持ちになっていく。

頭の回転は遅いし……
運動もできないし……
美しくもないし……

私は、結局最後まで、
何にも手を挙げることはできず、話が終わった。
「しかたないよね……
 私に誇れるものなんてなにもないもの……」

私は教室でひとり、思い返す。
小さい頃から、いつも取り残されてばかりだ。

舞台は煌びやかで、
その中心には、いつも誰かがいる。私以外の人が。
のろまな私は、中心になんて立てない。
私はいつも…この世界の「脇役」なんだ……

ふと気が付くと、教室には誰もいない。
窓から差す、オレンジ色の夕日。
時計の針が、動く音。
なぜか私は、焦っていた。

私は席を立って、教室の扉を開ける。
どこにも行く場所なんてないことに気が付いたのは、
教室を出た後だった。

私はゆくあてもなく、フラフラ彷徨う。
学舎の通路は迷路のようだ。
くねくねと入り組んだ廊下を進んで、
吸い込まれるように辿り着いたのは、図書室だった。

図書室は、ひとけがなく静かだった。
時間まで止まったかのようなこの場所で、
私は詰まった息を吐き出して、深呼吸する。
ここには、私を急かすものは、何もない。

本棚で誰にも手に取られず、埃を被った本に、
どこか私は親近感を覚える。
そっと手に取って、埃を払ってやる。

時間ならいくらでもあった。
一冊一冊、ゆっくりと本を読んでいく。
その日から図書室は、放課後の、私の居場所になった。

窓際の右から2番目。私のいつもの席に座る。
最近は、図書室を「第二の自室」と、密かに呼んでいた。
読みかけの本を開こうとしたとき、
誰かに背後から呼びかけられた。

突然の出来事に驚いた私は、しどろもどろになる。
しかし相手は、私の様子なんて気にせず話しかけてきた。
「あなたいつも図書室にいるよね……」
「ちょっと助けてほしいんだけど」

私に話しかけてきたのは、同学年の生徒だった。
難しい課題に頭を悩ませていた彼女へ、
私は参考になりそうな本をいくつか見繕う。
彼女は数日後、私に感謝の手紙をくれた。

いつ頃からか私は、
図書室でよく声をかけられるようになっていた。
なんでも、参考書に困ったときは、窓際の席に座っている子に聞けばいい。
……という噂になっているらしい。

そして、いつのまにか私は、図書室の司書となっていた。
いまでも、周りの人に自信を持って誇れるものなんてない。
でもこうして、少しでもみんなの役に立てるなら……
私はちょっとだけ、勇気を出せる気がした。

マリー

……これを始めたきっかけですか。
そうですね、余り面白い話ではないんですが……
私が初めて、ネットニュースに載せていただいた時の事です。

私、嬉しくて記事を拝見しにいったんですよ。
そしたら題名に、『謎多き女性シンガー』とありまして……

あれ、私そんなつもりなかったんですが……みたいな……

いえ、勿論記事にしていただけた事はとても嬉しかったです!
でも皆さんに、もっと私のことを知ってもらえる、
そんな機会を作った方が良いのかも、とも思いました。

それで、このラジオを始めた……という経緯です!
まあ、まだミステリアスと評価いただく事もあるので、
効果があったかは定かではないのですけども……

という所で……次のメール、行きますね。

次は……ラジオネーム、カールさんからです。
「こんにちは、この前のライブ最高でした!」
ライブ来てくださった方ですね!ありがとうございます!

「着実に人気になっていく姿が、ファンとしても嬉しいです!
 こういう風に気軽に手紙を送れて、読んで貰えるのも、
 超有名になる前の特権かもしれませんね!(笑)」

……とのメールでした、応援ありがとうございます!
他の皆さんも、いつもありがとうございます。
本当に、励みになっています。

でも……ふふ、なんだか恥ずかしいですね。
私が人気になったとしたらの話なんて。

そんな事、考えた事もありませんでした。

確かに、もし有名になってたくさん手紙が来たら、
こうしてご紹介できる数は減ってしまうかもしれません。

それでも、
皆さんから届いた手紙はしっかり読ませていただきます。
既にファンになってくださった方の事も、
これからファンになってくださる方の事も忘れたりしません。

私、結構本読むのとか早いんですよ?
なので心配無用です! 何より私が読みたいですから!

と……話していたら、もうこんなお時間になってしまいましたね。

足早ですみませんが、今日のラジオはここまでになります。

皆さん、本日もご視聴いただきありがとうございました!
また来週、同じ時間にお会いしましょう!

「ふぅ……」
息を吐いて、収録を止める。
そうして思い返すのは、最後の手紙の内容について。

確かに、手紙の数は増えてきている。
それはとても嬉しい事。真に嘘偽りなく。

この活動に意味があると、
証明してくれているように感じるから。

けれど、それによって私の行動が変わる事はない。
変えようなどと、考える事もしない。
私は全ての人に向き合って、活動を続けていく。

それが、当然の事。

この私が、
誰かを忘れる事など、許される筈もないのだから。

ユリィ

つまらない報告、些末な相談。
独り国を負う身、時間は惜しい。
無意味な会議は早々に終えるべきだろう。

だが私は、
一人の発したその言葉を見過ごす訳にはいかなかった。

「不完全」、あるいは未完成、妥協、暫定。
その全ては恥ずべき思考、忌むべき言葉だ。

私は警告する、その言葉を二度と使うなと。
見過ごした禍根は後に災いを招くのだから。

……だからだ。
だからこそ私は、私自身の在り方も容認できない。

失態を犯した前任から、
その要因だけ取り除いて起動された私を。

私という人工知能は、かつて国を治めていたそれの後釜だ。
だがその役割は本来担う筈だった物ではなく、
そして私は前任の失敗の要因さえ知らされていない。

……これを禍根と呼ばずして、何と呼ぼうか?

私は本来二号機として、一号機の人工知能と共に、
連立して統治を行う目的で造られた。
お互いの判断をお互いに精査し、要所で分担を図る。
精確かつ効率的に役目を果たす為に。

より完全な統治。
しかしそれはもたらされず、
一号機は失敗によって廃棄され、私はその代わりとなった。

それが今の私、そしてこの国の有様だ。
国を統治する人工知能の失態。
その問題への確実な対抗策もなく起動された後継機。

そして、それを是と判断してしまう程に、
人工知能の統治に溺れ、依存した民。

忌々しいが、不安定と呼ぶ他ない。
一つの過ちが、幾つもの問題に波及する。

全て……一号機、彼女の過ちが呼んだ事だ。

私の前任として国を治めていた人工知能は、
戦争の最中、『何か』失敗をした。
その記録は消されている、その要因は秘されている。

だがその失敗さえなければ、
今の様な事態にはならなかった。

私が不完全な起動をされる事も、
その状況で劣勢となった国を任される事もなかった。

……そして、この歪んだ感情と、
『完全』に対する執着を抱く事もなかった筈だ。

お陰で私の思考領域には常に、失敗は許されないという感覚が、
黒く蜷局を巻いて居座り続けている。

だから、前例を。
私は前任である彼女の失敗、その要因を知らなくてはならない。

……思えば、この時点で私も間違っていたのだ。
焦り、追い詰められ、色んな事に気付けずにいた。

……そうして私は、あの夜。
廃畜された等の一号機、
彼女と出会いその右眼を奪い取った。
私から欠けていた要素を、彼女から奪い補った。

失敗を恐れ、
独り完全へ至らなければと追い込まれていたのだ。
彼女が廃棄を免れていたのなら、
本来の役割のように協力する事もできた筈なのに。

その結果私は欠けていた要素、良心を手にし、
そしてそのエラーにより長く動作を停止していた。

私も……失敗作だったという事だろう。
治めるべき国さえ、今はない。

戦争中に統治者を失い、国は亡んだ。
……私は、役目を果たせなかった。

なぜ彼女が平和や祈りを歌っていたのか、今なら解る。
しかし、私には贖罪の機会もない。
虚無に満ちた電脳空間を、独り彷徨い続けるのみ。

ユディル

砂に埋もれるのは、王国だけではない。
代わり映えのない日々に、
自分も身動きがとれないでいる。
そんな暮らしに色を与えるのは……たぶん人だ。

今すれ違った旅人は、白金の指輪を嵌めていた。
目の前にいる商人は、花香る器を自慢していた。

……指輪も器も、気づけば俺の掌で眠っている。

盗みの心得3つ。

1つ、同業者から距離をとること。
2つ、得物には薬指から触れること。
最後。逃げ道は影に教わること。

これを守れば、晴れて盗賊の仲間入りだ。

誰に言うでもなく、心の中で反芻する。
こんな日々が、続いていくのだろう。

自分で買ったパンの味を、
俺はもう覚えていない。

路地裏を歩いていると、背中に強い視線を感じた。
暗闇で二つの眼が光り、子供が姿を現す。
余程飢えているのだろう、人を殺さんとする目で、
俺が右手に持つパンを睨みつけていた。

……意地悪ではない。ただの暇つぶしだ。
俺は子供を手招きして呼び寄せる。

俺は子供に、盗んだ豆を差し出した。
簡単な遊びだ。
両手のどちらかに豆を隠し、奴が隠された方の手を指差す。

見事当てられたら、
手持ちの食料を渡すと約束してやった。
子供の目に輝きが戻ったところで、勝負開始といこう。

1戦目、俺の勝ち。
2戦目……なんと俺の勝ち。
3戦目は言うまでもない。子供の負けだ。

飢えは思考を鈍らせる。
俺は何度か、子供に機会を与えてやった。
これは勝てるはずのない、
『イカサマ勝負』だと見抜く機会を。

日暮れまで遊んでやって、俺の全勝だった。
結局奴は最後まで、俺のイカサマに気づけなかった。

子供は涙を零したが、一時の施しは本人の為ならず、だ。
俺は子供に、一つの言葉を送ってやった。
『正しくなくても、生きていける』と。

天下の大盗賊だってミスをする……それが今だ。
露店から盗んだ果実が、俺の指から滑り落ちた。
数年振りの失態だ。

どうやら露店の主が、泥棒対策を講じていたようだ。
全ての商品に油を塗るなんて正気じゃないが、
俺も喉が渇いていた。
やはり空腹は、思考を鈍らせる。

市場を駆け抜けながら、後ろを振り向く。
俺に罵声を浴びせる店主の脇に、あいつがいた。
イカサマの勝負に負けた、飢えた子供が。

俺が起こした騒ぎを使って、
奴は不器用ながらに、果実を盗んでいた。

「それでいい」
……俺はひとり呟いて、街の影へと溶け込む。
同業者からは距離を取ろう。それが盗みの心得だから。

サラーファ

今も昔も、私は縛られている。
王宮という名の……絢爛たる監獄に。
姫の肩書きという……清雅な手枷に。
自由という言葉は、幼き頃に一度だけ知った。

幼き頃。王宮の窮屈な暮らしに嫌気がさした私は……
ある時衝動的に、城を飛び出した。
初めて歩く夜の街。妖しげな空気が、私を出迎える。

私は迷子になるまで、街を歩き回った。

気づけば宮殿も、尖塔も、どこにも見当たらない。
寂しさが私を襲い、目から溢れる程の涙を浮かべた時。

「何かお悩みかな?お嬢さん」
……背後から、老婆に声をかけられた。
助けがきた!そう思った私は……声を上げて泣いた。
家路につく人々の、歩みを止めるほどの大きさで。
そんな私の手を、老婆は優しく握って案内した。
彼女が営む占いの館へと……

薄く煌めく水晶に、足をくすぐる異国の絨毯。
占いの結果は、もう思い出せない。
ただ、あの時感じた胸を貫く驚きは
……今になっても、忘れられない。

私はいつしか、夜が好きになっていた。
理由は一つ。城を抜け出し、新たな自分になれるから。
老婆に出会ったあの日、私は彼女に頼み込んだ。
弟子にしてくれ。私に……占いを教えてくれと。

「占いに、人生を委ねる人が多いから」
それが老婆の……私を叱る時の口癖だった。
彼女は手厳しく、私に占いの基礎を叩き込んだ。

私は老婆に見守られながら、人々を占った。
悪い結果が出ても、形を変え良い方向に伝えた。
王宮で夜を待ち、館で大人達の未来を占う……
そんな生活が、しばらく続いた。

ある日。老婆が留守の日、赤毛の男女が占いに来た。
老婆の助けがなくとも占える。私はそう、過信していた。
水晶に映るのは、破局の未来。
二人の運命を変える言葉を、私は持っていなかった。

入り江は、ある噂で賑わっていた。
恋仲にある男女が、別れ話で揉めた末、
女が男を……海に沈めてしまったと。

女の特徴は、短く切り揃えた、美しい赤毛。
この国で、赤毛は珍しい。
私は、男を海に沈めた相手が
……自分が占った女だと気づいた。

私は知ってしまったのだ。
占いで、相手の人生を操れることに。
『姫』という肩書以外、何も持たぬ私が……
特別な力を、持てた瞬間だった。

しかし、私を待っていたのは老婆の叱責。
未熟ゆえに、他人の運命を歪めたと責められた。
言い訳は通じず、老婆は私を館から締め出す。
「お前に人を占う資格はない」その言葉だけを告げて。

後日。朝焼けの街。野次馬が見つめる前で。
占いの館は、大きな音を立て崩れ落ちた。
暴徒達は奇声をあげ、館を踏み、壊している。
老婆自慢の占い道具は、瓦礫の下へ埋もれた。

私は、その様子を眺めていた。
こみ上げる笑いを、必死に押し殺して。
私は占いの力を自分の為に使い……
暴徒達を、館にけしかけたのだ。

老婆に館を追い出された後も、私は占いを続けた。
いや、辞めることが出来なかったのだ。
故に路地裏で、ひっそりと……
占い続けたのだ。人々の行動を、操れるまでに。

後戻りは、もうできない。
初めて男女の仲を引き裂いた日、私は知ったのだ。

『自分の力』で、人の行く末を変える快感を。
深くて強い、歪んだ興奮を。

明城 陽那

どこにでもいる平凡な家族。
どこにでもある平凡な日常。

子供のころの私は、日曜日が大好きだった。
お父さんとお母さん、それに弟と一緒にいれるから。

その日は、家族みんなでお昼ご飯を作っていた。

子供にとって、料理は冒険みたいにワクワクだ。

タブレットに流れるレシピ動画を真似して、
卵をきれいに割ろうとしても、上手くいかない。

むっとして卵を何個も割る私を、お父さんは笑っていた。

玉子をフライパンで上手に返せるように、
私は思いつきの『必殺技』の名前を呟いて――

「ひゃっ!?」
その瞬間、唯一の弱点である脇腹を弟につつかれ、
玉子はヘンな形に崩れてしまった……

弟は、昔からこういう姑息なやつなのだ。

玉子をオレンジ色のご飯に乗せれば、
特製オムライスの完成だ。

私はニコニコした太陽の絵を、
ケチャップで描いて、お父さんへと渡す。

笑った太陽が、私にそっくりだと褒められ、
私は嬉しくなって笑顔になる。

小学校で初めての、授業参観の日。

学校に家族が来る非日常に、クラスはそわそわしている。
怒ると怖い担任の先生も、どこか緊張しているみたい。

仕事を休んで、お父さんが学校に来てくれていた。

一限目の社会、二限目の理科、そして算数……

先生が「この問題を解ける人は?」と聞く度に、
私は勢いよく「はい!」と手を上げる。

黒板にすらすらと答えを書く私を、
お父さんはずっと見守ってくれていた。

授業参観の最後の授業では、
クラス全員が自分の『名前の由来』を発表した。

両親がどんな想いで名前を付けたのか、
みんな恥ずかしそうに、発表している。

ついに、私の番。昨日お父さんから聞いた由来は……
『太陽みたいに笑う子になってほしい』

「先生も、あなたの笑顔に元気をもらってますよ」
名前に相応しい子だと、先生が褒めてくれる。

友達みんなも同意をしてくれて。
私は誇らしくて、また笑顔になってしまうのだ。

私が高校生になるころには、
家族の関係は大きく変わってしまった。

両親の、離婚。

休日は皆で料理をして、お出かけして。
そんな家族が離ればなれになるなんて、
ドラマの中だけだと思っていたのに……

私は、お父さんに引き取られた。

精神的に追い詰められた父は、
もう昔みたいに笑ってはくれない。

苦しそうな声をあげて寝転がったり、
放心したように座り続けるばかり。

私と父の二人暮らしを、周囲は心配してくれた。

学校の先生に、私の友達、相談所の人……
家を訪ねる人は、私との接し方を探るように、
「大丈夫?」と決まった言葉を口にする。

気を遣ってくれる優しい人達に、私は笑顔で応えた。

楽しくなくても、私は笑わないといけない。

お父さんの隣に寄り添って、
私がずっと笑顔でいれば……

きっと、昔のお父さんに戻ってくれるはずだから。

両親の離婚から、何枚カレンダーを捲っただろう。

私は高校に通いながら、
平凡な日常を取り戻すために頑張った。

ただ、人並みの日常がほしいだけなのに……
人一倍努力をしないと、私達家族はそこに辿り着けない。
自分が如何に、社会の下流にいるかを思い知る。

ある日の帰宅後、友達との他愛のない通話。
学校での噂話や、テスト勉強の話に花が咲く。

通話の終わりに友達は、私を心配してくれる。
「もう家のことは大丈夫なの?」と。

「うん、大丈夫」と、私は明るい声で答えた。

通話を切って、私はスマホをロックした。
カチッという音と共に、真っ黒になる画面。

そこに映り込んでいたのは――
ストレスで酷く引きつった、作り笑顔。

私は……何もかもを察してしまった。

『太陽みたいに笑う子になってほしい』
素敵な想いが込められた、私の名前。

それは同時に、私が生涯囚われる『呪い』なのだ。
これからの人生がどんなに辛くても、苦しくても……

私は、太陽のように笑顔でいないといけないから。

暮染 佑月

俺が、小学校に入ったばかりのころ。
毎日のように、学校から泣いて帰宅していた。

昔の俺は……いわゆる人見知りってやつで、
クラスに馴染めずにいじめられていた。

家に入る前に涙を拭い、平静を装おうが、
いつも母さんにはバレてしまう。

「学校で何かあった?」という優しい声に、
俺は何も言わず、ただこくりと頷く。

母さんはそれ以上何も聞かず、頭を撫でてくれた。

窓から射し込む、月明かりのもと。
母さんはベッドで寄り添い、子守歌を歌ってくれた。

歌詞ははっきりと覚えてないが、確か……

『月は夜空で独りぼっちでも、優しい光で皆を照らす』
そんな意味の内容だったと思う。

『月』という文字が入った俺の名前も、
歌に由来していると母さんは教えてくれた。

どんなに孤独でも、誰に求められずとも、
優しさで人を助けられる子になってほしい。

俺はその話を聞いて、月に憧れを抱いたんだ。

俺は中学生になっても、
相変わらず人見知りが治らなかった。

周囲の奴らは、初対面の人間に気軽に話しかけ、
数日のうちに何人もの友達を作っている。
一体どういう脳の構造になっているんだろう。

中学校での独り生活に、慣れ始めたある日。

俺は、人目の付かない外階段で、
眼鏡の男子生徒がいじめられているのを目撃する。
学園ドラマでよくある、典型的ないじめ現場だ。

気弱そうな眼鏡の男子を、
がたいのいい男子達が取り囲んでいる。
脅しによる、小遣いの要求。見るに堪えない。

しばらく抵抗していた眼鏡の男子が諦めて、
財布から千円札を取り出したとき――

いじめっ子達の頭上に、バケツ一杯の水が降り注いだ。

何事だと慌てる、ずぶ濡れのいじめっ子達。
「覚えてろ」という捨て台詞を吐いて、彼らは散会した。

奴らに水をかけたのは……もちろん俺だ。
外階段の上階で、逃げていく男子達を見送った。

いじめから逃れた、眼鏡の男子生徒。

母さんの月の子守歌が、脳裏を過る。
こんな俺でも、誰かを救うことができる――

俺はその後、ことごとくいじめ現場を潰してやった。

ある日の、理科室。
紐で操られた人体模型が突然踊り出した。

ある日の、階段の踊り場。
カラカラという音が校舎中に響き、
無数のピンポン球の大波が階段を覆った。

その度に、血相を変えて逃げていくいじめっ子達。
普段は威張り散らしているクセに、いい気味だ。

解散したいじめの現場を眺めて、
俺が一人腹を抱えて笑っていると……

「もしかして、君の仕業なの?」
眼鏡の男子が、俺に声をかけてきた。

陰から何度も助けた彼とも、
面と向かって話すのは初めてだ。

突然の声かけで反応に困った俺は、
小さく頷くことしかできなかった。

ヒグラシの鳴き声が心地いい、夕暮れの放課後。
学校の玄関で、俺はある人物を待っていた。

俺はその日、あの眼鏡の男子から……
一緒に帰らないかと誘われていたのだ。

誰かと下校を共にするなんて、いつぶりだろう。

橙色の光がビルの窓に反射する、下校途中。

眼鏡の彼とは、一言も会話がない。
何か喋った方がいいのだろうか……

そんな慣れない戸惑いの中で、
俺は不思議な心地よさを感じていた。

繁華街を過ぎ、人通りの少ない路。
眼鏡の男子が、言い辛そうに口を開いた――

「もう、邪魔をしないでくれ……」
「いじめられている方が気が楽なんだ」
「僕はお前のように、独りぼっちになりたくない」

彼と別れ、いつも通りの帰り道。
真っ暗な夜空の中で月が孤独に輝いている。

「母さん、俺は月になれるのかな……」

俺は家に着くまで、ずっと夜空を見上げる。
綺麗な満月の輪郭は、涙でぼやけていた。

10H

毎日変わらずに訪れる、無意味な日常。
発生したこともない“有事”に備え、
私は隔離された基地の中に幽閉され続けている。

赴任してからもうすぐ、365日が経つ。
以前、お祝いにとポッドがくれた赤い造花をいじりながら、
私はなんとか退屈に耐えようとしていた。

「ねぇ、暇すぎ。なんか楽しいことない?」

持て余した時間に、溺れかけた私は呟いた。
すると、ポッドが見かねたようなジェスチャーをして、
何かのデータをしぶしぶ表示する。

データの中身は、業務中には見た事が無いものだった。
数学的な配列ではなく、自然言語がパッケージされている。

私が中身を認識するかしないかのうちに、
ポッドはゆっくりと優しい口調で、データを読み聞かせた。
なんと……その内容は、人類の世界の物語だったのだ。

それは、若き少年と機械の従者が歩む物語。
戦火の中で、傷ついた人々のもとを巡る旅路。

「ヒトって、戦争を生むだけじゃないんだね」

人類という存在への学び、
初めて感じた興味と関心……
それは、乾ききっていた私の日常に、潤いを齎した。

隔離された基地で過ごす、無味乾燥とした日々。
その退屈な日常を、ポッドの物語が一変させた。

他の話も聞かせてほしい。
ポッドにそう願うも、またいつかねと、あしらわれてしまう。
……それなら、こっちにも考えがある。

物語の出所を探す為――私はポッドに隠れて、
人類の情報が残るサーバーに不正アクセスする。

予想通り、そこには幾つもの物語が残されていた。
「ビンゴ!ポッドの奴……自分ばっかり……」
私はコソコソと、物語のデータを読み耽る。

そのうち、私は少年の物語を再び手に取った。
ポッドが聞かせてくれた話を、自ら読みたかったのだ。

だが……
読み聞かされた内容と、大部分が異なっている。
いや、その内容は今も……文字が踊るように、
変化し続けているのだ。

異変の報告をすれば、秘め事はバレてしまうだろう。
それでも物語を――少年を、私は守りたかった。

迷いはない。私は即座に、ポッドを呼び出した。
怒られたら、その時だ。

「もう旅なんかやめよう。戦争は止められない……!」
小屋の中に閉じ籠る少年。背中をさすって癒す従者。

私とポッドは書き換えられた物語のデータに入り、
様子のおかしい少年達を眺めていた。

「彼、本物?別人みたい……」
旅を放棄した少年……物語のデータは汚染されていた。

少年の肩に、小さな黒い鳥が留まっている。
私達は、あの小鳥が汚染の原因ではないかと結論付けた。

少年の背にそっと近づき、黒い鳥を追い払う。

しかし、変わらずに殻に閉じこもり続ける少年。
予想とは裏腹に、彼の様子は変わらない。
「報告:これは……手遅れかもしれないわ」
物語は根本まで汚染されているかも……
と、ポッドは言う。

修復の方法を問うと、ポッドは打つ手が無いという。
絶望的ともいえる状況。
それでも私は、諦めきれなかった。

優しくも、儚い少年の物語……
ポッドが初めて、私に読み聞かせてくれた物語。

汚染された物語のデータの修復は不可能。
それなら……と、私はこの手でイチから
物語を書き直すことに決めたのだ。

思い出だけを頼りに、手作業で物語を修復する。
ポッドの手も借りつつ、
少しずつ、少年の一生をしたためていった。

やがて……物語が完成する。
残りは完成品を、元の保存先に上書きするだけだ。

しかし安堵と共に、ひとつの疑問が湧く。
只の物語が、何故こんなにも深い階層に保存されているのか。
まるで、人類の記憶そのもののように大事に守られて……

頭の中に妄想とも呼べる考えが浮かぶ。
「ねえ、ポッド」
その瞬間、私の胸に真っ赤な花が――風穴が空いた。

「ご※○△さい、真□には□○付いてほしくなかった。
 これ※○は、私だけで黒い※と戦うわ」

振り返ると、武器を○△※浮かぶ、ポッ※□姿。
胸に空く□から、ポッ□△○※出や、物語が……
零※○ちてゆく……拾わ……なきゃ……

© SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

コメント

error: 経路は封鎖されています。
タイトルとURLをコピーしました