亡命者の断章

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シークレットストーリー

一章 狼の眼

雪化粧の森を走る銀色。
お腹を空かせた子供のため、獲物を追う獣。

――この絵本は、何歳の時に読んだ物だっただろう。

それは、人間の子供を育てる狼の絵本。
親に捨てられていた子を育てる母の物語。
小さい頃に読んだ本の一つだ。

――どうして、僕は今この本を読んでいるのだろう。

年齢を重ね、狩りの腕も研ぎ澄まされた狼。
その瞳は氷よりも冷たく、鋭く。
足を取られるはずの雪上を、静けさと共に駆け抜けた。
そして彼女は、いつものように兔を一羽捕まえる。

――この本がある、この場所はどこだろうか。

力と、そして優しさを併せ持つ雌狼。
最初は子供が与えられた肉を口にせず、
泣きじゃくる様に困り果てたこともあった。

だが狼は諦めず、兔の毛皮を剥ぎ、小さく千切り、
軽く咀嚼して肉を柔らかくしては、懸命に子供に与えようとした。
その甲斐か、一頭と一匹は段々と心を通わせていく。

――これは、そういう絵本だった。

状況も読めないまま、僕は絵本を読み進める。
すると、背後から僕を呼ぶ声がした。
その方へと振り返り、ようやく気付く。

――ああ、そうか。これは夢だ。

母上は、僕が幼い頃にこの世を去った。
けれど今、僕の方を見て話している。
……確かに思い返せばこの本は母上と一緒に読んだ物だ。

そうだ、どうして気付かなかったのだろう。

この絵本の結末は、人間が子供を保護しようと、
狼を殺してしまうという物だった。

自分達で子供を捨てておきながら、狼を手にかける人間。
彼女のそばに近寄ろうとする子供を抑え、
正義を謳いながら、無抵抗の狼を一方的に。

このことはよく覚えている。
幼い頃の僕はそれが許せず、母上に尋ねたのだ。
狼の方が正しい筈なのに、どうして抵抗しないの、と。

けれど、 母上が少し悩んだ後に答えたのは、
「母とは、そういうものかもね」という言葉。
当時の僕はその意味が分からず、全然わからないよと怒った。
それを見て、母上は笑っていた。

――そうだ、僕は夢を見ている。
懐かしい、思い出の夢を。


二章 鉄と瞳

――夢に見ていた。
幼い頃、母上と絵本を読んだ日を。

久しく見る事のなかった顔に心が揺れる。
……いや、写真はいつも手元にはあった。
女王の病死を報せる、古い記事に載っていた物。

僕が国を追われた時、写真を持ち出す余裕などなく、
たまたま見かけたその記事を大事にとっておいたのだ。

けれど、その写真に写っているのは女王としての母上で。
僕がよく知る、優しそうに微笑む母上の顔ではない。
だから僕は、
夢と分かっていながらも、母上ともっと話がしたかった。

そう望んでも、母上の顔は揺らいでいく。
注視しようとすればするほどに、はっきり見えなくなっていく。

――気付けば僕は、先程までとは違う場所に立っていた。
鉄と火薬の香り漂う通路。
自分の視線の高さも、先程までとは違う。

夢の中とは言え、景色の急な変化に思考が追いつかない。
違う場所……であれば、違う時期の記憶だろうか?
もしそうであるなら、視点が高くなったのも納得がいく。

状況を掴もうと、僕は辺りを見回す。
目の前にあるのは大きな窓。
その向こうの部屋では、機械仕掛けの筒がいくつも並んでいた。
筒は人の腕にも似ており、
等間隔にそれが並べられた光景は、 猟奇的にも感じられる。

そして僕の隣には、
僕と同じように研究室内を見つめる人影。
これは他でもない僕の父……この国の王だ。

ようやく理解する。
これは、父上と機械兵の研究所を訪れた時の記憶だ。

並べられた鉄の腕が順番に弾丸を放つ。
それが一巡すると研究員達は何かを書き取りながら、
条件を調整して再び、鉄の腕が持つ銃に弾薬を装填していく。

――確か、父上は射撃管制装置の研究と言っていたか。

母上が亡くなって暫く、父上と過ごす時間が増えた。
父上には、何か考えがあったのだろう。
この日も同行するよう言われ、
僕は始まったばかりの機械兵研究の視察へ向かったのだ。

父上は余り口数の多い方ではない。
母上が亡くなった事についても、
父上は何も話してはくれなかった。

何を思って父上は、僕をここに連れてきたのだろう。
それが分からない不安に、僕は耐え兼ねていた。
だからこの日、僕は尋ねてしまった。

「機械兵は、どういった理由で研究を始められたのですか?」
適切で自然な会話を考え、口にする。
話題なんて何でも良かった。
僕はただ父上の言葉を聞きたかったのだ。
父上に感じていた恐怖を否定できるように。

けれど、父上の返答はそれを許してはくれなかった。
暫くの沈黙を破り、父上は答える。
「上に立つ者は、往々にして答えなど教えてはくれない」
とりわけ父とはそういうものだ、と。

「いずれ王冠を継ぐ身なら、自分の考えを私に話してみろ」
そう言って去っていった父上。
その背中を追う資格が、僕にあっただろうか。


三章 暗き眸

過去の景色を夢に見ていた。
それは例えば、母上との思い出。
例えば、父上との記憶。

夢を見る事自体、旅に出てからは余りなかった。
だから、久しぶりに思い返す幼き日の光景は、
懐かしさを覚えるに十分過ぎる。
今とはまるで違う日々に、弱音さえ吐いてしまいそうな程。

あの時母上が言った言葉、 その真意はどういう物だったのだろう。

あの日、父上が僕にそう話した時、 父上は何を考えておられたのだろう。

夢の中で触れた疑問を考えている内に、 目の前の景色はまた歪み始める。 天地がさかさまになり、光と影が溶け合っていく。

また、違う時代の記憶を見るのだろうか。

――そうして、僕は気付けばあばら屋の中に立っていた。 目の前にあるのは、見慣れた背中。
それで、いつの出来事なのかはすぐに理解できた。
僕が彼の―――
その機械の身体を補修していた時の事だ。

「済みません、王子」
発声デバイスに砂塵が入り込んだのか、
背中越しに開くその声は、微かにノイズが混じっている。

しかし、彼が怪我を負ったのは僕が原因だ。
病状の悪化した僕を庇い、彼が攻撃を受けた。
僕にそれを責められる筈がない。
謝るべきなのは僕の方だ、そう話すと彼は否定する。
彼は優しい、だから―――

――だから僕は、
自分が彼の重荷になっているのではと、ずっと考えていた。

僕に賛同してくれた彼も、戦争を止める為尽力している。
だからこそ、優しく強い彼がそれを実現するのに、
もっと効率のいい、
別の道もあったのではないかと考えてしまうのだ。

僕が彼にしてあげられるのは、
機械の身体を整備する事くらい。
それだって、僕が誰かに手順を教えれば僕は必要ない。

僕の旅に、僕の夢に、
彼を付き合わせてしまって本当に良かったのか?
その不安が、つい口を動かしてしまった。

驚いたように彼は黙り込む。
沈黙が怖くて、僕は咄嗟に謝る。
だがそれでも沈黙は鳴り止まない。

口を閉ざしたままの彼。
また不安になって、僕はその表情を窺う。
――するとその眼は、動作を停止して暗く落ちていた。

その日は、僕がおかしな事を言った為に、
どうも彼の演算に異常を来してしまったようで。

整備中に変な話をすべきではない、
僕はそう反省し、大慌てで彼の補修に戻った。

――――だから、結局、
彼の答えを聞く事は今もできていない。


四章 瞑る目

続け様に見る夢。
幼い頃の事も、最近の出来事も。
それらは大事な記憶だ。
けれどどうして、今になってこれを見るのだろう。

その考えを掻き消すように、痛みが意識を覆いだす。
眼前の景色も、ぼやけて見えなくなっていく。

目が覚める。
自然と、そう理解できた。

―ゆっくりと瞼を持ち上げる。 だが、身体を持ち上げる事は・・・・・・叶わない。
殆ど動かせもしないそれは、
もはや僕をこの場所に縛り付ける重りでしかなくなっていた。

夢の中ではすっかり忘れていた事。
朽ちた教会、病の進行で立ち上がる事もできなくなった自分。
こちらの方こそ、夢であればよかったのに。

焦点も合わせられない視界の中で、人影が動く。
広い円形をした帽子の鍔。
心配そうに僕の様子を窺う視線。

僕が夢を見ている間も、 彼は傍で様子を見ていてくれたのだろう。

声をかけようと僕は思った。
しかし、力んだ喉を乾いた空気が通り抜けていく。
もう、満足に会話をする事もできないらしい。

身体を強張らせる僕を、彼が抱き上げ、
教会の椅子に寝かせてくれた。

体の力を抜き、体重を全て椅子に預けると、
壁に寄り掛かった体勢より呼吸がし易くなる。
気を抜けば、また眠り込んでしまいそうな程に。

僕は彼にお礼を言おうとするが、
多少楽になっても、やはり上手く声が出せない。

しかし。
このまま眠ってしまえば、 次はもう目が覚めないかもしれない。
根拠もなく、そんな予感がしていた。

だから僕は、無理にでも声を絞り出す。 ずっと一緒に旅をしてきた彼に、
僕の一番の友である彼に、言わなければならない。

これが最後だというのなら。

『ありがとう』
『ごめん』

やっとの思いで口にした、たった8文字。
無理に声を出す僕を止めようとしていた彼は、
しばらく考え込んで、話し出す。

「――――――――――――――」

僕の耳では、それをもう聞き取る事もできない。
けれど、不思議と彼が何を言ってくれたのか、
分かったような気がした。

ありがとう、と。
もう一度心の中で呟いて僕は目を閉じる。
―― 微睡むように、意識が曖昧になっていく。

最期まで、僕の夢は叶わなかった。
僕の力では、戦争を止める事などできなかった。

けれど、僕の考えに賛同してくれる人達はいた。
少ないが、戦争を行う国家間の橋渡しを担う第三組織、
そこへの加盟を受け入れてくれた人達がいた。

規模はまだ小さく、他の国に交渉を持ち掛けるには程遠い。
それでも、火種を灯す事はできたはずだ。
この火がいつか、戦火よりも大きく燃え広がれば、
戦争のない世界が実現できる。

そう、信じたい。
彼と旅をした、日々の為にも。


空の玉座

あら、この子の事が気になるの?
彼はとある王国の第一王子として生まれたのよ。

彼がまだ幼い頃、父親である王が戦争を始めたの。
心優しい彼は、それを受け入れることができなかった・・・・・・
人々の平和を守りたいと考え、祖国に背いたそうよ。
自分の生き方を自分で決める・・・・・・とても立派な事だと思わない?

でもこの子、お母さん譲りでとっても体が弱くってね、
体の事もそうだけど、平和主義の優しい性格は、臣下や軍の兵隊、
そして彼の父王からはあまりよく思われてなかったみたいね・・・・・・

時には甘いことを言うなと、人々から謗られる事さえあったわ。
だけどママ、彼の言葉や考えはきっと沢山の人を救ったと思うの。

もしそんな彼が王になっていたら、いえ・・・・・・
王になれなかった彼だからこそ、
そういう人物になれたのかもしれないわね・・・・・・


王位

 

今日、息子が産まれた。
私と彼女にとって、初めての子供が。
第一王子の誕生。本来ならば、歓迎すべき出来事だったのだろう。

出産後すぐに、彼女は息子と共に医療施設へ運ばれた。
母子共に命を落とす危険があったと考えれば、
二人に息がある今を、幸運と呼ぶべきなのかも知れない。
出産による体への負荷は、少なからず彼女の命を奪う。
それは例え、生きて出産を終えられたとしても。
彼女もそれが分かっていたから、あの日私に玉座を託したのだ。

だが、それでも。私は考えてしまう。
彼女が重い代償を払って産んだ子は、私達の息子は、
どう生きて、何をこの国にもたらすのだろうかと。

運ばれていく直前、生まれた子の顔を見て。
苦しくも嬉しそうに私へ笑いかけた彼女の顔が、
その考えを振り払う事を、許してはくれないのだ。


音声記録 「音声記録ff7119」

<焚火の音>

「・・・・・・・それにしても、お前はどう思うよ? あの王子」
「ああ、例の博愛主義な王子様の事か?」
「そうそう。口を開けばお顔同様の、甘ったるいご高説の数々。
何が『戦争のない世界』だよ、簡単に言いやがって」

<食器を投げ捨てる音>

「志は立派だろうさ。だが現実ってもんが見えてない。
とてもあの方を大将に掲げて、命は懸けられないな」
「そもそも、その戦争のない世界で俺らはどう食っていくんだよ」
「違いない。兵役しか経験のない俺達を誰が雇うのやら」

<笑い声 >
[錄音終了]


今朝、僕が式典で咳込んでしまった時に、
弟が気遣って背中をさすってくれた。

父達は鬱陶しそうな様子を隠そうともしないのに・・・・・・
親切にしてくれるのは第二王子の彼くらいだ。

兄弟の中でも、長男の僕だけ母上が異なる。
体も弱く、さぞかし頼りなく見えるのだろう。
そんな僕が最上位の王位継承権を持つことを、 弟たちがよく思わないのも頷ける気がした。

・・・・・・だけど諦めたくない。
兄弟間の不和ひとつ解決できずに、国同士の諍いを 無くすことなど、できる訳がないじゃないか。

まずは弟たちの中でも懇意にしてくれている、
第二王子の彼と、もっと仲良くなろう。
きっと彼なら、僕の考えを聞いてくれるはずだ。


若き指導者の君へ

君が旅立つ日だというのに、
手紙での挨拶となってしまう事を、どうか許してほしい。
忌々しい仕事さえなければ、君を見送れたのだが。

また、国家間の戦争に対する中立組織の形成について。
この件に我が国が協力できなかった事も、本当に申し訳ない。
今の僕の影響力では、上層部の人間を説得できなかった。

心ばかりだが、私の伝手を辿って手に入れた薬瓶を同封する。
服用後しばらく咳や動悸、胸 痛などの症状を緩和する物だ。
病を根治させる効果はないが ・・・・・・少しは、楽になると思う。

この程度のことしかできないが、役立ててくれると嬉しい。
僕より若い君が頑張っているんだ。
僕も、議会での強い発言権を得られるよう努力する。

それでは、また君と未来の話ができる日を楽しみにしているよ。


音声記録93a6ab

「そういえば、廃教会に居座ってたあのガキ、死んだのかもな」

<酒場の喧騒 >

「前にお前が、善人の振りして様子を見てきたとかいうガキか?」
「ああ。最近、毎日食糧を運んでた男をついに見かけなくなった。
あの様子じゃ、病気が治って移動したとも考えにくい」

<グラスに氷のぶつかる音>

「そいつ、王国から追放された王子なんて噂もあったっけ」
「痩せ細って分かり難いが、確かに顔は似てたよ。
もし本人なら貴重な遺品があるかもな、漁りにいくか?」
「・・・・・・その話、乗った」

<乾杯する音>
[録音終了]


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