シークレットストーリー
私の妻は、この国を統べる女王だ。
彼女は強い女性だった。そして、優しい女性だった……
彼女がこの国の未来を語る言葉、それは光り輝くようだ。
王が語るにはあまりに理想主義に寄ったそれは、
しかし耳を傾ければ不思議と実現可能な未来だと思えてしまう。
私は彼女の中にある美しい国を尊く感じた。
女王である彼女の理想の国を、夫として支えたい。
そして、実現した暁には、彼女の隣でそれを見ていたい。
国の行く末について彼女と語る時間は、私の幸福の時間だった。
しかしながら、私は知っていた。
彼女の理想を叶える為には、時として彼女の厭う方法
―― 武力が必要である事を……
〈とある王の回顧録No.1〉
『王国』は元々、細かい絡繰りを作るのが得意な国だった。
その技術力は近隣諸国の中でも群を抜き、
常に大陸全体の脅威となっている。
そんな王国において、新たに始まった研究。
それは、戦争において重要な兵士を確保する為のものだった。
資金を投じ環境を整えれば成果は芳しく、
予測以上に早く、精巧なそれらが製造されていく。
疲れを知らない鉄の体と、高速で演算可能な頭脳を持つ、
最強の兵士のひな型。
博士曰く、基本的な動作試験に合格したモノ達は、
これから実働前の最終調整段階へと入るらしい。
機械仕掛けのそれらは『機械人形』と呼ばれており、
その名の通り人に似た姿をしていた。
「陛下。本日はご足労頂き、誠にありがとうございます」
博士はそう言って、
窓の向こうに並ぶ機械人形達を見るよう促した。
以前に私が視察に来た時と比べ、
随分と人間に近い見た目になっている。
しかし目は虚ろで、今も立っているというより、
立たされているといった表現が正しいように見えた。
一言も話さないそれらを私に見せながら、
博士はさらに言葉を続ける。
「我々は機械人形が十分に機能する為に、
*思考に四つの原則を組み込む必要があると結論付けました」
どうやら既にいくつかの試験を実施し、
適性のある個体を選定する段階に入っているらしい。
「本日は、その試験のうちの一つをお見せします」
そう言って、博士は手元の機器を操作した。
途端、部屋が暗くなり、壁に映像が映し出される。
画面は揺れ、画質も良いとは言えないが、
どうやら夜の街を兵士達が歩いている様子のようだった。
機械人形が数体、それに人間の兵士も数人。
中には顔に覚えもある者もいる。
「この部隊が向かっているのは、
*近隣を荒らしまわる盗賊の根城です」
機械人形達に課された試験。
それは盗賊の捕縛作戦を指揮する、上官の護衛。
賊の根城は、一見すると街の中にある普通の住居に見えた。
荒く重たい音を立てながら潜入する一行。
中にいた盗賊達は完全に油断していた様子で、
機械人形達の手際も良く、あっさりと捕縛が完了してしまう。
その鮮やかな手際にほうと感心する私を見て、
博士はにやりと笑った。
「研究の成果が出るのは、ここからです」
盗賊達を連行しようと玄関に向かったその時
外出していたらしい盗賊の仲間達と鉢合わせたのだ。
場は一気に混乱に呑まれ、
まず先頭に立っていた味方が一人撃たれる。
突如起きた乱戦は混迷を極めたが、
その中で機械人形達は『上官の護衛』という命令を
何よりも優先し、忠実に守り続けた。
しかし――
一体の機械人形のみ、不思議な事に始終別の一般兵を
護ろうと立ち回っているではないか。
しばしの戦いの後、苦戦を強いられたものの、
部隊は盗賊達を制圧することに成功したようだ。
……そこで映像は途切れた。
しかし、先ほどの機械人形の奇妙な働きは何だろう。
私が博士に疑問の目を向けると、彼は口を開く。
「実は今回、上官と一般兵を一人入れ替えました」
その一言で、途端に疑問が解ける。
機械人形は相手が身に着けている階級章で、
階級を自動認識する仕組みになっていると聞いている。
本来であれば、それだけでも驚くべきことだが。
「あの機械人形だけは、護衛対象の上官が、
*階級章を着けた一般兵だと見抜いた……」
真に守るべき相手が誰かを判断し、
一般兵に扮した本物の上官を護衛したのだ。
「さすがのご慧眼。その通りでございます」
「しかし、一体どうやって?」
博士が解析した結果、例の機械人形は、
現場でも絶えず情報を自己収集していたのだという。
事前に与えられた上官の情報や階級章による認識に頼らず、
常に観察を続け、情報の更新と照合から正しい結論を導き出した。
それが博士の見立てらしい。
「実はより精度の高い研究資料を得る為、
*機械人形達の思考特性にそれぞれ変化を持たせています。
*つまり彼らには『個性』があるのです」
「今回はその『個性』とやらが上手く働いた、というわけか」
「はい。結果としては功を奏しましたが
*危険な行動であることは否めません」
私は博士の言葉に頷いた。
「ところで、この試験は何の試験だったか」
「第一原則である、
*『機械人形は王族および自らの上官の命を護らねばならない』
*の試験です」
博士は私に対し、
件の機械人形の処遇をどうするか問いかけて来る。
「しばらく試験機体として運用を続けろ」
―― 廃棄はいつでもできる。
そう付け加え、私は研究所を後にした。
妻が懐妊した。
それは我々二人の最初の子供 ―― つまり、未来の王を意味する。
苦し気な呼吸、美しかった真珠色の肌が土気色に濁っている。
大きく膨れた腹をした妻を前に、私は不安を露わにする。
元々体の弱い妻が、出産に耐えられるのかと心配なのだ。
私は自分にこんなにも弱い部分がある事を、初めて自覚した。
しかし、そんな私に妻は微笑む。
―― ねえ、この子の名前を考えましょうよ。
この子はこの国の未来を託す、大事な子……
二人で一緒に考えてあげたいの。
私は折れそうに細い彼女の手を握り、頷いた。
〈とある王の回顧録No.2)
大きく物が爆ぜるような音が、耳を打つ。
遅れ、高く細かい音がさざ波のように続いた。
―― 数体の機械人形達が、それぞれの眼前にあった花瓶を、
命令に従い撃ち落としたのだ。
『王国』において目下開発が急がれる、戦争の為の人形。
それらが理想の兵士として機能する為に、
必要となる四つの原則。
今はその二つ目の原則の試験が行われている。
見学を希望した一部の王族や臣下達は、
興味深そうに、鉄の体を持つそれらを見つめていた。
第二原則……
『機械人形は王族及び自らの上官の命令に従わなくてはならない』
機械人形に、軍の上官から物乞いまで同時に複数の声を聴かせ、
その中で最も位の高い者の命令に従い、
実行できるかどうかを確認する試験だ。
分厚い強化硝子の向こうに並べられた機械人形達。
それらは特殊な耳当てを装着させられていた。
どうやら、あれを通じて命令音声を流すらしい。
正常に動作している事を証明するように、
機械人形達は先の命令……
「花瓶を撃ち落とせ」を忠実に実行した。
皆一様に、人形やコップといった調度品が雑多に並べられた
机の上から、花瓶だけを正確に撃ち抜いて見せたのだ。
「次は時計を撃たせましょう」
博士が部下である研究員に指示を出すと、
機械人形がつけた耳当てに流されるのと同じ複数の音声が、
部屋の中に響いた。
物乞いの「壺だ」と叫ぶ音声。
兵士の「花瓶だ」と呟く音声。
そして上官の「時計だ」と囁く音声。
一斉に複数の銃声が鳴り、
銃弾は迷いなく時計を打ち抜いた。
見物に来た王族や臣下達から、わっと歓声が上がる。
そんな中、今度は研究員達が、
生きた兎を機械人形の数だけ連れてきた。
「陛下。今から、これらを殺すよう彼らに指示します」
耳当てを通じて聞こえる複数の音声。
機械人形達の耳に届く最も位の高い者の『命令』は、
「兎を射殺せ」という命令。
―― しかし。
先ほどまでとは違い、銃声がばらついて聞こえた。
すべての兎が血を流して倒れているが、
中には数回撃たれた個体もいるようだ。
……なぜ差が生じたのか。
兎は動き回るものとはいえ、機械人形達は基本的に、
高い射撃能力を有しているはずだ。
私の疑問を察したかのように、博士が口を開く。
「生き物を殺す時に快楽を感じるモノ。抵抗を持つモノ。
*生物と無生物に差を感じないモノ……
*『個性』によって結果が変わるのです」
以前に研究所を訪ねた時、博士は機械人形達の思考特性に、
それぞれ変化を持たせていると話していた。
そしてその結果、『個性』とも言える差が生まれると。
次に現れたのはサルだった。これに対し博士は、
「慈しめ」「耳を噛め」「癒せ」「足を掴め」等の、
抽象度の高いものから具体的なものまで、幾つかの命令を与えた。
機械人形達の行動はほとんどばらばらで、
そこから『個性』が浮かび上がっている事が分かる。
最後に「殺せ」と命じられた時、
楽しむように時間を掛けて息の根を止めたモノもいれば、
罪悪感を覚えたかのように手が鈍り、
結果的になぶり殺しのような形になったモノもいた。
行動に差はあれど、サルに与えた苦しみは同等。
その点は興味深いと言える。
一方で、見物人達の表情は暗く曇っていく。
血の流れる凄惨な光景を目の当たりにして、
気分を悪くしたらしい。
しかし博士はそれを気にせず、
次の命令を淡々と部下達に下す。
そして……
最後に連れてこられたのは、ヒトであった。
博士はまた、サルの時と同様に様々な命令を伝えた。
それによる『個性』は今までと比べ、顕著に現れる。
標的を前に、思い思いの行動をする機械人形達は、
頭髪や顔のパーツも拵えられ、服まで着せられている。
到底造られた機械には見えない姿だが、
力を振るう時以外の動きはぎこちなく、どこか滑稽だ。
やはり、『殺す為の兵器』としての在り方が最もしっくりくる。
「もう十分だ、終わらせろ」
これ以上長引かせても、得られるものはないだろう。
博士は承知しましたと頷き、「殺せ」と命令する音声を流した。
ばらばらに響く銃声。
強い倫理観を持つよう調整された個体すら、
最終的に『上位の命令』に背く事はできず、
苦しみながらターゲットを撃ち殺した。
しかし―― ある一体のみ、
まるで電源が落ちたかのように立ち尽くしている。
それはこれまで目立った動きを見せず、
淡々と命令をこなしてきた個体だった。
唯一、『個性』らしきものが見当たらなかったそれ。
なんだ、失敗作かと失望していると、
どこかから啜り泣く声が聞こえてきた。
それは見物人の中に混ざっていた貴族の少年のもの。
「ああ。これは素晴らしいですね」
博士の言葉に目を向けると、彼はすぐにこう説明した。
「耳当てから聞こえる録音された音声より、
*より上位のお方の肉声に従ったのでしょう」
貴族の中でも位の高い家の、嫡男である少年。
あの個体は、「もう止めよ、見たくない……」と呟いた、
貴族の少年の言葉に耳を傾けたのだ。
私は感心し、いち早く動きを止めた件の機械人形を眺めた。
まるで子供に生命力を吸い取られたかのように
体調を悪化させていった。聡い彼女は床に伏せる前に王位を私に譲り、
この国の未来を託すと願った。実際に王としての実権を握ると、見えてくる景色はまるで違う。
やはり妻のやり方では、国を豊かにしていくことは難しい……
そんな考えが日に日に増していく日々だった。幸せな日々に妻が語った、光輝くような国の未来
私一人で、私のやり方で、本当にそこに辿り着けるのだろうか。
他国と手を取り合う道と、武力で国を拡大していく道。
望む未来の姿は同じはずなのに、何故こんなにも……
〈とある王の回顧録No.3)
『王国』の技術を集結させ、開発を進める機械人形達。
実用に耐えうるものとする為に重ねられてきた試験も、
いよいよ佳境を迎えようとしていた。
博士は、機械人形達が十分に機能する為には、
四つの原則を思考に組み込む必要があると結論付けた。
第一原則。
『機械人形は王族および自らの上官の命を護らねばならない』
第二原則。
『機械人形は王族及び自らの上官の命令に従わなくてはならない』
そして、第三原則。
『機械人形は第一・第二原則に反しない限り、
*自己を守らねばならない』
その原則が正常に働いているかどうか、
機体の耐久性と合わせて確認される事となった。
研究施設内に用意された『試験室』。
そこには三十体ほどの機械人形が整列させられていた。
博士はより精度の高い研究資料を得る為、
機械人形達の思考特性にそれぞれ変化を持たせていると語った。
それが個体ごとの『個性』となるのだと。
その為、同じ命令を下したとしても、
機械人形達の行動には差が出る。
「では始めさせていただきます」
部屋の奥にある巨大な扉が開き、
そこから象ほどの大きさはあろうかという大型兵器が、
多足を器用に動かし『試験室』へと入ってきた。
「我が国で最も成果を出している軍用機体です」
説明されるまでもない。
粗野な見た目で細かい操作はできないものの、
圧倒的破壊力を持つ大型兵器。
それは私が王位を継いで初めに造らせた兵器なのだから。
「今回の試験で重要なのは、
*目の前の敵を倒すことだけではありません。
*自分の身を護りながら敵を討つ。
*そこまでできて初めて実用可能な機械人形だと言えます」
試験開始の合図が鳴る。
大型兵器が目標を捕捉する前に、
機械人形達が先に動いた。
巨大な兵器を前に、まずは持っていた銃を発砲する。
しかし厚い装甲には軽い傷がつくのみ。
銃ではかなわないと悟ると、
今度は多足の関節部を破壊しようと敵に向かった。
しかし。次の瞬間、巨大な大砲から閃光が走る。
その一撃で数体の機械人形達は派手に部位を散らされ、
強制的に活動を終了させられてしまう。
「まるでサソリと蟻の戦いだな……」
「おっしゃる通りですね……今は」
『個性』の影響か、機械人形達の中には逃亡を図るモノすらいた。
必死に部屋から脱出を試みるが、それもすぐに撃たれ倒れていく。
残りのモノは大型兵器の機体にしがみついたり、
至近距離からの発砲を試したりとがむしゃらに戦っている。
だが、振り落とされ、踏みつぶされ……
全滅するのも時間の問題だ。
―― それ程に力の差は明確だった。
分の悪い勝負とは言え、
最終段階に近い機械人形がこのざまでどうするのか。
苛立ちながら博士の方を見れば、
あろうことか微笑みを浮かべている。
「ご覧ください、陛下!」
促され、物陰から兵器の装甲を撃ち続けている個体を見る。
よく見れば、考えなしに発砲を続けている訳ではなく、
大型兵器の装甲の一部を狙い撃ちしていたらしい。
遠目にも装甲の歪みが分かる段階になると、
遂にその個体は物陰から飛び出した。
上手く砲撃を避けながら大型兵器に近づき、
装甲のゆがみに手を差し込んで、それを剥がし始めた。
機体に取りついてしまえば、砲撃では打ち落とされない。
大型兵器の操縦士は機転を利かせ、大きく機体を身震いさせる。
機械人形は無様にも振り落とされるが、
それでも根気よく同じ場所にしがみつき、装甲を剥がしていく。
その頃には、大型兵器にしがみつく個体の他に、
満足に立てる機械人形は残っていなかった。
「これはもしかするかもしれないですね」
もうすぐ装甲の一部が完全に剥され、中の回路が露出する……
そこから内部を破壊すれば、
残り一体と言えど勝算は上がるだろう。
しかし……
何度目かに振り落とされた機械人形は、
すでに片手がもげ、満身創痍であった。
転がった場所は仲間の残骸の上。
もがきながら苦心して起き上がった時には、
大型兵器の姿が目の前にあり……
「ふん……呆気ない終わりだな」
全ての機械人形を圧し潰し、
使命を終えた大型兵器は次の指示を待つように、
大人しく動きを停止した。
最後まで果敢に戦った個体は、
仲間達の残骸に埋もれ、他と区別がつかない。
「しかし、あの個体はよい動きをしていたな」
私の言葉に、博士は我が意を得たりと深く頷いた。
妻が死んだ。
彼女がいなくなった今、彼女の過去の言葉もまるで
絵空事のように感じ、光を見失ったかのように空虚だ。
やはり、慈しみや思い通りの心では国は救えない。
武力こそが国を、ひいては人々を導く力だと私は確信し始める。
さっそく機械仕掛けの兵士の開発を本格的に始動することにした。
しかし第一王子は、機械人形を見ても怯えた顔を見せるばかり。
妻が望み授けた名前に見合う、優しい王子に育ったものの、
いかんせん統治者となるには弱すぎるように感じる。
……もしも王子に、妻が託した名前ではなく、
私が願った名前 ―― 王国に伝わる軍神の名を付けたのならば、
何かが違ったのだろうか。
〈とある王の回顧録No.4)
疲れを知らない鉄の体。
高速で演算可能な頭脳を持つ、最強の兵士。
『王国』の繁栄の為に進められた研究と、
行われた試験の数々。
人間の代わりを果たす為に作られたそれは、
これまで機械人形と呼ばれていたが、
博士は得意げな顔でこう言った。
「陛下。こちらが今までの試験を経て完成した、
*『機械兵』の一号機です」
私の目の前で跪いたのは、
一体の機械人形 ―― いや、機械兵だった。
それは忠実な臣下のようにこうべを垂れている。
実施された試験の中で、幾つもの機械人形を見てきた。
中には私の目に留まるような機体も何体かいた。
「これは、どの試験に合格した機体なんだ?」
私が尋ねると、
それまで機械兵の横で控えていた博士が口を開く。
「この機体は陛下がご覧になったどの機体でもありません。
*ですが同時に、陛下がご覧になったすべての機体……
*とも言えます」
眉をひそめる私に博士が、試験で使用した部屋の硝子窓を指した。
そこには機械の体がばらばらになって散らばっている。
「この機体は、これまでの結果の集大成です。物理的な意味でも」
優れた頭脳と強靭な体、揺らがぬ心。
それらを組み合わせれば、自然と優秀な兵士が出来上がる。
しかし人間の体では、そのような芸当は行えない。
だから博士は――
この男は、機械を使ってそれをやってのけたのだ。
「もちろん、単に部品を組み合わせただけではありません。
*残された記録から経験や思考を抽出し、
*それをもとに演算回路の最適化を行いました」
私は微動だにしない目の前の機械兵を、好奇の瞳で見下ろす。
あれだけの機械人形の中から、たったこの一体が生み出されたのだ。
私の脳裏に、今まで行われた試験の中で、
突飛な動きをした印象深い個体の姿が浮かぶ。
「ふむ……あれらを組み合わせれば、
*きっと人間のように戦う機械兵となるだろうな。
*だが ―― それでは困ると言ったはずだ」
私が欲しいのは何も考えず、
ただ命令に従い、手段を選ばず目的を達成する存在。
「承知しております。様々な実証実験を行った結果、
*一定の結果を残すのは、陛下のお考え通り、
*『個性』を極力無くした機体でした」
博士は疑似的に人間のような感情のぶれを仕込むことで、
様々な環境に適応する優秀な兵士が生まれると考えたそうだ。
博士は疑似的に人間のような感情のぶれを仕込むことで、
様々な環境に適応する優秀な兵士が生まれると考えたそうだ。
その考えは間違っていないだろう。
試験で見た機械人形達の中には、
己の『個性』を活かし活躍したモノも何体かいた。
だが機械兵は兵器。
画一化されたものとして運用される道具に、
揺らぎなど必要ない。
「ですが、彼らの『個性』も、
*まったくの無駄だったわけではありません」
曰く、その経験や思考は、
一号機の能力を高めるのに一役買っているらしい。
「もちろん「個性』として顕現しないように。
*機械兵としての役目を全うする為の、
*補助機構として働くよう慎重に組み込みました」
その言葉にどこか言い訳がましさを感じたが、
今は追及せず頷くだけにとどめた。
もし『個性』が生まれたとしても、
それを消してしまえば問題ないのだから。
「第四原則の破棄に関してはどうなった」
「速やかに完了させました」
研究者が組み込もうとしていた、第四原則。
『機械人形は王族および上官に、
自らの意志をもって奉仕しなければならない』
『個性』と同じく、兵器に意志など必要ない。
心はなく、意志もなく、ただ傀儡として
その手で命を奪うだけでいい。
一号機をもとに、量産を進めていく手筈は整った。
「面を上げよ」
私の声に、機械兵が顔をこちらへ向ける。
人の見目を模していても、そこには感情が抜け落ちていた。
私は微笑む。
これこそ、ただの殺人兵器に相応しい顔ではないか。
どんな命令でも、躊躇なく遂行できる冷たい機械。
私は歩みを進め腰を落とすと、機械兵の顎を掴み、
その硝子玉のような瞳を至近距離で覗き込んだ。
「この国最初の機械兵よ。余、自ら名を授けようではないか」
私は微笑み、しばし考えるように黙ったが、
脳裏にはすでに一つの名が浮かんでいた。
「軍神が如く戦い、この国に勝利をもたらす。
*そちにこそ相応しい名は―――」
戦争の絶えない王国で作られた『機械兵」の彼には、
あらゆる戦闘の作法や、王族への服従がプログラムされているの。
彼の記憶に残された王族の少年との旅も、きっと戦いの連続ね。
ちょっと覗いてみましょうか・・・・・・・
あら、街中で少年に声をかけた女に、銃を向けているわ。
・・・・・・でも、単に道を尋ねられただけだったようね。
あ! 今度は森で木に向かって発砲したわ。
敵が隠れて・・・・・・いえ、少年の好物の果物を落としただけみたい。
そして夜になったら、寝ずの見張り。
寝返りをうつ少年に、何度も毛布をかけ直してあげているわね。
・・・・・・うふふ。
彼に行動の意味を聞いたら「そうプログラムされている」
なんて言われちゃいそうだけど。
誰に作られた訳じゃない彼だけの意志が、ママには感じられたわ。
乾いた風が吹く大地に、一人の男が佇んでいる。
「的」となる鉄の人形が幾つも配置されたそこは、
開発途中である『機械兵」の射撃実験場。
実験に際し、生まれて初めて銃を持った男は、
何故かその扱い方を知っている気がした。
標的までの弾道、変動する気流、身体への反動。
一通りの演算を終えた男は銃を構え、
トリガーに添えた指先に力を込める。
直後、彼が銃をホルスターへ収めた時には、
「的」は一つ残らず、中心を撃ち抜かれていた。
瞬く間に放たれた、神速の連撃。
男は銃痕を見もせずに、実験場を去る。
彼はその一瞬の間に、銃という武器のすべてを理解した。
「私が戻るまで、動かず待機せよ」
命じられた男が立つのは、戦禍の跡が目立つ聖堂の前。
彼は身じろぎ一つせず、命を下した将軍の帰りを待っている。
待機する男のもとへ、灰で汚れた聖職者の女が近寄ってきた。
彼女は咲き声を上げながら、男の身体に撮り始める。
「死にたくない。どうか軍からお守りください」
細り付く女の重みで、不動だった男の体が僅かに揺れ・・・・・・・
――― 数刻の後、将軍が聖堂の前へと戻った。
彼は地に伏した聖職者を見て、
「何故殺した」と、男に理由を尋ねる。
「動かず待機。貴方の命令を遵守するためです」
男の立ち位置は、命を下された時から寸分も動いていない。
将軍は、男の返答を大いに気に入った様子で、
お前は本当に良い人形だと、白い歯を見せた。
少年の咳込む声が響く。
その息は白く変わり、地下倉庫の空気にとけて消える。
また1℃、室温が下がったのを機械の男は観測していた。
「王子、このままではお体に障ります。
私の体を熱暴走させて室温を上げましょう」
男の提案に、少年は咳を抑えながら弱々しく片手を差し出す。
その蒼褪めた震える手で、細い小指を立てながら。
「今後二度と、自分を壊して僕を助けようとしないと約束して」
少年の澄んだ灰色の瞳に映った男が、表情のない固い声で答える。
「私たち機械に『約束』という概念はありません。『命令』を」
男の言葉を聞いた瞬間、少年はとても傷ついた顔をした。
しかし、その理由が男にはわからず、聞くこともない。
「でも僕が覚えているから。それでいいんだ」
少年は小さく呟き、そっと小指を引っ込めた。
「話を聞いてくるから、ここで待っていてくれる?」
旅先の村で、少年はそう言って小さな教会へと入っていった。
男は主である少年の命令に従い、入り口近くでじっと待機する。
すると、どこからか子供達の叫び声が聞こえてきた。
子供達は男を見つけると、必死の形相で訴えかける。
「友達が木から落ちたんだ! 医者のところに運んでよ!」
子供らに手を引っ張られて、男の重心が微かに揺れ ・・・・・・
―― しばらくして、少年が教会から出てくる。
しかし先ほど待機していた場所に男はおらず、
少し離れた場所で膝をついて畏まっていた。
「待機命令に背いてしまいました。どうか罰を」
少年は話を聞き、子供が無事に助かった事を知ると、
心底安心したようにほっと息をついた。そして、
罰なんてとんでもないと嬉しそうに男に微笑むのだった。
――― 少し休息を入れましょう。
主である少年の苦し気な吐息を耳にして、従者の男は提案した。
しかし病身の少年は「先を急ぎたい」ときっぱり否定する。
そんな男達の道行きを邪魔するように、
大型の野犬の群れが数匹、彼らの目の前に現れた。
簡単に倒せる相手。しかし、男は戦闘中に思考する。
もしも男自身がわざと負傷したならば、
主は休息の提案を受け入れるのではないか・・・・・・と。
しかし、男はある言葉を思い出し、その考えをすぐにかき消す。
野犬をあらかた片付けると、男は改めて少年に言う。
「申し訳ありません。戦闘での消耗の為、
どうか休憩を取らせてもらえないでしょうか」
すると少年は今度こそ、男の言葉に頷いたのだった。
野営で少年が寝入った頃、男は火の番をしながら、
先程の自分の思考に疑問を抱いていた。
男が戦いの最中で思い返していたのは、主の少年との記憶。
白い吐息、凍える手、灰色の瞳・・・・・・
『今後二度と、自分を壊して僕を助けようとしないと約束して』
何故、自分の負傷を口実に、主を休息させようと考えたのか。
何故、あの時少年との『約束』が頭に浮かび行動を変えたのか。
何故、戦闘での消耗など一つもない自分が嘘をつけたのか。
男の瞳に、焚火の炎が映る。
いくら演算しても、己の思考と行動の意味に答えは出ない。
ただ胸の中が温かく、ゆらゆらと揺らめいているように感じた。
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