シークレットストーリー
―― まえがき ――
これまで私は冒険の傍ら、ある手記をもとに
いくつかの伝記を著してきたが、
今回は私にとっても特別な内容になるだろう。
何故ならば、これから語るのは、
私が最も尊敬する『憧れの冒険家』の最後の物語だからである。
今までこの内容に触れてこなかったのは、
本作をこの伝記連作の最終章にすると、
かねてから決めていたからだ。
私もまた、現役の冒険家である。
このまえがきを記している今この時点で、
私は人生最大の挑戦をするつもりでいる。
この本が世に出るころには、
私はすでに、この世にいないかもしれない。
これから挑む地は、それほど危険な秘境なのだ。
生涯を賭ける覚悟を行うために、
後顧の憂いは断っておかなければいけなかった。
この本だけは、どうしても出さなければいけない。
読むべき人々に伝記が届くことで、
冒険家の魂は受け継がれていく。
そんな気がしている。
―― そう。
これは冒険家にのみ宿る、魂の記録なのだ。
それでは改めて、読んでいただきたい。
私の心に刻まれた、『憧れの冒険家』について――
※ ※ ※
「冒険は驚きと発見に満ちている。だからやめられない」
―― 自分の口ぐせであり、常套句である。
何故、冒険をするのか。
そもそも冒険とは何か。
冒険のなんたるかも知らない有象無象の輩から、
よく尋ねられる質問に対し、私はいつもこう答える。
単純で考えが浅いと見られることもある。
だが実際にこうなのだから、仕方がない。
自分の中では、これが普通の真理だった。
―― 驚きと、発見。
ただそれだけを求めて私は世界を駆け、
数々の秘境をこの足で、制覇してきた。
前人未踏の、砂漠に眠る深い地中湖。
万水千山の、険しく広がる巨大山脈。
他にも成果を挙げればキリがない。
大魔境から大海原に至るまで、行けぬ場所はなかった。
同じ冒険家の界隈でも、自分の名を知らない者はいないだろう。
大それた名誉や形だけの賞賛に興味はないが、
まだ若い冒険家の励みになる気分は、決して悪くない。
この日も自分は、まだ見ぬ秘境に挑んでいた。
『黄金の滝』と呼ばれる、金色の水が流れる伝説の滝。
その始まりたる、源流。
そこには己が黄金郷にいると錯覚するほど、
風雅で煌びやかな光景が待っているらしい。
私も幻の地を一目見ようと、断崖絶壁を登っていた、
そのとき。
真下から、悲鳴が聞こえた。
ふと見下ろすと、少し離れた場所で足場を踏み外し、
崖から滑落しそうになっている青年がいる。
ぱっと見た印象では、まだ若い。
単独でこの地に挑むとは、なかなかの度胸の持ち主だ。
しかしその表情は恐怖に歪んでおり、
滑落への焦りからか、大量の汗をかいている。
あのままではすぐにでもさらに手を滑らせ、
暗い谷底まで真っ逆さまに直行するだろう。
―― 冒険家の事故死は、自己責任。
それもまた普遍の真理であると思ってはいたが、
勇敢な若者を見て放っておくのは、気が引けた。
「落ち着け」
声をかけると、青年はすぐにこちらに気が付いた。
見上げるその目が、藁をも掴む希望に震える。
「暴れないように、そちらへ行く」
静かに諭すと、青年は唇を噛み締めながら微かに頷く。
落石が青年を怯えさせないように気を付けながら、
崖を慎重に降り、手を差し伸べる。
必死に私の手を握りしめてくる、青年。
その手の柔らかさは、
青年がまだまだ冒険の喜びと苦しみを、
存分に知らないであろうことを示していた。
風は寒々と冷たく、肌を切り裂くほど乾いている。
滑落しかけた青年に手を差し伸べた私は、
手近な足場を探し、休憩することにした。
死の恐怖に晒された青年の顔面は、真っ青だ。
それでも青年の口から、謝辞の言葉は出ない。
それどころか私を無視するかのように振る舞い、
再び目前の険しい崖に手をかけようとしている。
―― 面白い。
感情的な弱輩者ならば気を悪くするかもしれない。
だが自分の中にある冒険家の魂は、彼の蛮勇を気に入っていた。
秘境における出会いは、千載一遇にして一期一会。
互いを気に入ったとしても、
その後を知ることができないことがほとんど。
しかしこの青年には未来を見てみたいと思えるほどの、
可能性を感じた気がした。
冷静さだけが、冒険家の持つべき才覚ではない。
向こう見ずな姿勢が、新境地を開くこともある。
「崖登りの秘訣を、教えてやろう」
そう告げると、こちらに興味が無さそうだった青年は、
黙って着いてくるようになった。
意地はあるようだが、助言を聞く程度の柔軟性もあるようだ。
蛸のようなふくれ面で、こちらの言葉を聞いている様子には、
愛嬌すら感じる。
自分はこれまで、基本的に一人だけで秘境に挑戦してきた。
その冒険のどれもが、一人で踏破し満足できるものだった。
だがどこか、一人に虚しさを覚えることも確かだった。
―― 自分は、弟子を欲していたのかもしれない。
この青年に自分のすべてを、
まるで瓶の水を移すかのように、伝えることができれば。
これまでの冒険にも違う意味を与えられるかもしれない。
私は短いかもしれない今後の人生に、興味を見出していた。
青年に一つ一つ丁寧に登山の技術を教えると、
彼は素直にこれを学んで、すぐさま試す。
やはり、度胸と才能はあるようだ。
この調子であれば、降りるころには教えることがなくなるだろう。
弟子の成長は、心地よいものだった。
数多の技術を青年が会得したころ、
ついに私達は崖の終着点にたどり着いた。
青年と共に、頂上に手をかける。
―― 目に入ってきたのは、得も言われぬ絶景。
源流たる『黄金の滝』は、見事なまでの金色を放ち、
宝石箱のように燦然と輝くその様は目を眩ませるほどだった。
しかし、青年はその光景に露ほども興味がないように呟いた。
「金はどこだ?」
私は思わず大口を開けて笑ってしまった。
そして、黄金に輝く滝の真実を青年に告げる。
「この色は、ただの光の反射だ」
青年は、心底失望した表情を浮かべた。
彼は、『黄金の滝』の源流付近に、
本物の金が埋蔵されているという噂を聞いてやってきたらしい。
黄金の滝を流れる水は、その金が溶けだしたものなのだと……
一人ではそれに手が届かないと知り、
自分を頼って共に見つけた暁には、
最悪でも報酬を分け合おうと思っていたそうだ。
そんな、欲に塗れた心積もりなどには全く気が付かなった私は、
思わず絶句したが、これもまた縁には違いないと大いに笑った。
強欲も我が物とすれば、生への執念に繋がる。
この青年に才能を見出したことは、間違いではないだろう。
大笑いする私を尻目に、青年は不服さを隠そうともしなかった。
目の前の絶景を愉しむことなく、そそくさと帰路に着こうとする。
私は、彼を引き止めた。
この光景を作り出せる空間は、
大自然の中でも稀有なものだろう。
それを見ることができる人間も、限られている。
―― だからこそ。
この景色、この現実には、
本物の黄金以上の、代えがたい価値がある。
そう伝えると青年は呆れ、ようやく表情を緩めた。
「あんたは、本物の冒険馬鹿だな」
そう言われて、自分でも納得する。
その通りだった。
私は冒険のためなら ―― いくらでも馬鹿にでもなれる。
―― これは不味いことになった。
私は自分の冒険史上において、最上級の苦境に陥っていた。
『黄金の滝』を踏破してから、数年の時が経っただろうか。
私は大蛇や毒虫、そして猛獣がひしめく密林に挑んでいた。
最初こそ楽なものだったが、油断からか、
途中で茨に触れてしまい、手の甲を傷つけてしまった。
そのわずかな血の匂いに、誘われたのだろう。
気づいたときには、飢えた獰猛な虎がそこにいた。
牙と爪を剥き出しにして、新鮮な肉を求めている。
―― 背筋が凍り、すくみ上がった。
虎はその一瞬の隙を見逃さない。
飛びかかってきたその前足の一撃を、私は防げなかった。
胸部を裂かれ、だらだらと血が流れる。
急所ではなかったが、その強烈な痛みは、
冷静な判断を奪うには充分だった。
すぐに逃げるべきだったのだろう。
しかし私は咄嗟に、武器を構えてしまった。
あまりにも体格差がありすぎる。
万に一つも、勝ち目は無いように思われた。
―― 苦境では、すまないかもしれない。
私の脳裏を死が過った。
虎にとって生を諦め、瞼を閉じた獲物ほど、
美味そうに見える相手はないだろう。
虎は地面を蹴り、空を切って、私に再び飛びかかる。
―― どうせ食うのなら、一瞬で殺せ。
最後にそう心で願ったが、
いつまで経ってもその瞬間はこなかった。
ゆっくりと目を開ける。
そこにあったのは一瞬で命を奪われ、
痛苦もなく横たわる、虎の姿。
そして、その横で武器を携えているのは、
あの日の崖で出会った青年だった。
「お前は、あのときの……」
呆然としていた私は、しばらくして、
青年に窮地を救われたことに気が付く。
颯爽と現れた青年は、観念して動けない私を横目に、
見事な奇襲によって虎を仕留めたのだ。
青年の体躯は数年前に比べてかなり大きく、太く、
たくましくなっている。
あれから多くの苦境を乗り越え、強くなったのだろう。
冒険家が理想とする体だと思える。
私は自分が生き永らえたことよりも、
青年の見事な成長ぶりに感激していた。
「あのときの借りは、返したぞ」
ぶっきらぼうに、青年が言う。
どうやら青年は私があの日、崖で手を差し伸べたことを、
今の今まで忘れていなかったようだ。
それどころか、私に借りを返す機会を、
ずっと探していたらしい。
つまり青年はこの数年、己を鍛えながら、
私の冒険を追いかけていたことになる。
それを不気味と思う者もいるだろう。
だが私は素直に、なんと一途な若者だろうと思った。
分別のある大人として青年が愛おしくなった私は、
立ち去ろうとする彼を引き止めた。
そして ―― 歓喜と感謝の念を全力で伝えた。
その最中、青年はずっと赤面して俯いていた。
誰かに感謝されることなど一切無い人生だったらしく、
礼を言われることにも慣れていないそうだ。
それもまた、彼らしい。
私が笑うと、青年は不服そうに顔を膨らませる。
「助けてやったのに、笑うな」
その言葉に私はまた笑ってしまう。
実に愉快なひとときだった。
以来、私と青年は行動を共にするようになった。
頼み込んだのは、自分のほうからである。
最初はつんけんした態度で、
照れ臭そうに嫌がっていた青年を説得するのには、
かなり時間がかかった。
しかし、この私に気に入られたのが彼の運の尽きだ。
―― 彼とならば、もっと面白い冒険に挑める。
これまで挑んだどんな秘境にも勝る、驚きと発見。
神が作ったものではない、自分達で作り出す奇跡。
私の人生は ―― これからの未来は、光に満ちていた。
あれから私は、無数の秘境を青年と共に制覇した。
青年はいささか論理的な思考に欠けていたが、
それを上回る腕力と突破力で、どんな苦境でも乗り越えていった。
いつしか私はその頼もしい姿に、
興味と期待以上の感情を持つようになった。
要するに、私は彼を愛してしまったのだ。
一人の人間として。
―― 彼に惹かれた、一人の女として。
そして、彼もまた私を想ってくれていたらしい。
『黄金の滝』で私と別れたあと、
彼は私の顔が頭から離れず、大層苦しんだそうだ。
私も他人のことは言えないし鈍感ではあるが、
それにしても不器用な人だと思う。
私が強引であることに感謝してもらいたいものだ。
やがて私は彼と結婚し、すぐ子どもに恵まれた。
私は出産を控え、大事を取ったことをきっかけに、
冒険を辞めてしまった。
冒険が嫌いになったわけではない。
むしろ冒険心は、前以上に強くなっていた。
それに応えてくれたのが、子育ての日々だった。
下手な秘境や、ちょっとした魔境などよりも、
育児はよほど「驚きと発見に満ちている」。
私は人生に、満足していた。
彼は ―― 夫はというと、今日も変わらず冒険に出ている。
正直に言うと、もう少し家に落ち着いてほしいが、
説得はとうの昔に諦めていた。
誰かに、夫のことをなじられようとも。
「あの人は、ああいう人だから」
返すその言葉は、私の口ぐせとなった。
愚痴りたくなることもあるが、
冒険こそが夫の生きる理由なのだと知っている私は、
いつも夫のことを許してしまう。
何よりこういう人だと知っていて、冒険の旅に誘い、
「私の夫になってほしい」
と、求婚したのは、私という冒険馬鹿なのだから。
夫の人生を変えたのは、他ならぬ私である。
送り出す側として、私も覚悟を決めなければいけない。
―― だから。
冒険の手記は、これにて終了としたい。
過去を思い出すより、私は今を楽しむことにする。
私にとっての現在、私にとっての未来。
光ある人生を、これからも。
最愛の娘と、夫と一緒に、
人生という名の冒険を続けよう。
※ ※ ※
―― あとがき ――
以上が、私の『憧れの冒険家』
いや、母の手記を元にした、伝記である。
母の手記は実際に、ここで終わっている。
父のことはいつも「あの人は頑固だから」と語っていた母だが、
なかなかどうして母も、一度決めたことは曲げない人だった。
世の中には不幸な出会いも多くあるのだろうが、
あの二人の出会いは必然であり、運命であったのだと今は思う。
―― 読まされる娘としては、少々気恥ずかしいけれど。
ちなみにだが、母が辞めた手記には続きがある。
あまりにも下手くそで、大変視認性が悪く、
読み進めるのも苦労する字で書かれた、手記――
そう。
父が書いた手記が……
私が伝記を記すようになったのも、
両親の手記を書く癖が遺伝したからかもしれない。
―― そして。
今このあとがきを書きながら、私の考えは変わりつつある。
この伝記を最終章としたい、とまえがきに書いた私だが、
父が書いた手記もまた、伝記にしたいと思い始めている。
愛しの弟のためにも、父と母のためにも。
これを世に残さないのは、いささか勿体ないと思えてきた。
だから、私は続編を書こうと思う。
次回作は、『憧れの冒険家』でなく、
私を冒険に駆り立てた『愛すべき冒険家』の物語。
今作と違って少々荒っぽい内容になりそうだが、
それはそれで楽しめるものになると約束しよう。
そのためにも、私はあの地を必ず踏破してみせる。
―― 驚きと、発見。
それを伝えるためにも、私は生き残る。
どうか、待っていてほしい。
そして、祈っていてほしい。
一緒に、冒険の旅を続けよう。
うふふ、そんな所に集まって井戸端会議?
じゃあママも混ざろうかしら。実は面白いお話があるの。
この前、あの冒険者の様子をちょっと見に行ったんだけれど。
彼ったら何をしていたと思う?
呻き声をあげながら、片腕一本で崖からぶら下がっていたの。
私の胴回りくらいある右腕が、少しずつ、ずり落ちていって・・・・・・
ママ、びっくりして思わず大きな声を出しちゃった・・・・・・
彼の記録の最後はここじゃないって知ってたのに。恥ずかしいわ。
え? その後がどうなったかって?
それがね、もう落ちるって時に下から大きな声が聞こえてきたの。
声の主は彼の妻。娘を抱いて、呆れた顔で見上げてたわ。
「鍛えてばかりいないで、娘と遊んで」・・・・・・ってね。
彼、ただトレーニングをしていただけだったみたい。
鼻歌交じりに、器用に腕を入れ替えてね。
【母の唄】
剛毅な悪徒がやってくる 山の頂から降りてくる
おぎゃあの声は嫌に覚醒 おしめの赤子は寝屋に隠せ
我は海岸生まれ紺碧育ち 山に籠れば子守の孟母
吹きすさぶ雪 奮い立つ勇気 守り人は赫怒を込めろ
もうすぐ来るぞ 今すぐ来るぞ 守り人は覚悟を決めろ
【父の唄】
家に居たって酒を飲むだけ ただ窓から崖を望むだけ
母なる大地にいつでも感謝 母が持つのはいつでも干戈
我は山麓生まれ山頂育ち 山を下ればくだらぬ親父
獅子の宿命 未知の雄星 勇敢なる者は日盛りへ
早く行かねば 今すぐ行かねば 勇敢なる者は頂へ
―― 彼との出会いはどこでしたか?
それはやっぱり、山よ。アタシが彼に襲い掛かったのが、出会い。
―― 襲い掛かった!?
ええ。アタシ、山賊をしてたの。・・・・・・見えない? 幼い頃に親に捨てられてね、生きるのに必死だった。でも、登山家達から金品を巻き上げるのは簡単だったわ。なんせ、アイツら女を紙めてるから。
―― 彼もそんな登山家の一人だったのでしょうか?
そうね。彼もアタシを紙めていたと思う。山を登っていた彼に、アタシはいつものようにか弱い女のフリをして近づいたわ。そして、 不意を突いた。でもダメだった。簡単にいなされちゃったの。
―― 彼には武術の心得が?
どうかしら?アタシも同じ質問をしたんだけど、「山と戦っているんだ。これくらい当然」って笑ってたわ。それに彼は、「山賊なんかやめろ。冒険はいいぞ!」 とも言いながら、馬鹿笑いしてた。
アタシもなんだかおかしくなっちゃって、二人で笑いあったの。
・・・・・・今ではいい思い出ね。アタシはそれから山賊をやめて、子供が二人もできたわ。だから、彼には感謝しているの。
―― 幸せそうで良かったです! 本日はありがとうございました。
―― 彼との出会いはどこでしたか?
私の家、港町で宿屋をしていたのだけど・・・・・・そこに汚い身なりで、 あの人が泊まりにきたのが出会いかな。
―― 宿屋をしていた?
あぁ、もう閉めちゃったから。潮の関係で、誰も上陸できない島が近くにあるとかで・・・・・・それに挑戦しようって人達がよく来ててね。 おかげで繁盛はしていたのだけど ・・・・・・・
―― だけど?
あの人が簡単に上陸しちゃって ・・・・・・それから挑戦する人がめっきり減って、客足が途絶えてね。それに継ぐ人もいないからって。
でも、あんな人が島を攻略するなんて・・・・・・
―― 印象は悪かったのですか?
もちろん、最悪。泥まみれの恰好で、目ばっかり少年みたいに光らせちゃって・・・・・・私の姉と兄も冒険家だったのだけど・・・・・・・おんなじ目 をしていたわ。私、冒険家って嫌いなの。
でもまさか、あの人と家族になるなんてね・・・・・・びっくりよね。
―― あはは。本日はありがとうございました!
―― 彼との出会いはどこでしたか?
私が働いていた酒場です。酔っぱらったお客さんに絡まれていたところを、あの人に助けてもらいました。
―― あの人が助けた?
ええ。酔っぱらったお客さんをひょいっとつまみあげて、そのままどけって投げ捨てて・・・・・その時の、腕に浮き出た鍛え上げられた筋肉。顔色一つ変えないその余裕。偉ぶったりせずに寡黙に自分の席に戻る紳士さ。なんて素敵な方なんでしょう! と。それに・・・・・・
―― あの・・・・・・
助けてもらったお礼にお酒を出したら、豪快にガブガブと飲んで、
でも、すぐに顔を真っ赤にして酔っぱらっちゃって、机に突っ伏してグーグー寝始めちゃったんです。でも ・・・・・・
―― あの・・・・・・!
そんなところも、可愛らしくて素敵ですよね! 見た目からは想像できない魅力と言いますか・・・・・・
―― あの! 充分魅力は伝わりましたので、本日はこの辺りで・・・・・・
いえ、まだまだ語り足りません! 今夜はとことん付き合ってもらいますからね!
―― お父さんとの出会いはどこだったの?
えー、もう忘れちゃったわ。
―― ウソだ。 ふふふ。あなたがもっと大きくなったら、日記を読ませてあげる。
そこに全部書いてあるから。
―― いま読みたいー。
だーめ。
―― じゃー、どうしてお母さんはお父さんとケッコンしたの?
ちょっとした冒険心かも。冒険しか頭にないあの人を攻略してみたかったのよ。妹には反対されちゃったけど、障害があった方が燃えるじゃない?
―― なんかお父さんみたい・・・・・・
そうかしら?
―― お母さんはケッコンして良かった?
当然でしょ。あなたにも会えたんだから。
―― えへへ。
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