女囚の断章

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シークレットストーリー

一章 Change (my) life

空虚な部屋の中には、
規則正しい電子音だけが響いていた。

―― 私の夫はベッドの上で、
拘束されたまま静かに寝息を立てている。

彼の体にはたくさんのコードが繋がれており、
体温や脈拍といったありとあらゆる情報を
機械に提供していた。

ベッドの脇に立っている年若い指揮官が、
情報端末を見ながら淡々と話し始める。

「機密クラスAの情報を認知したことを確認。
機密への不正アクセスは、これで延べ8回目です」

壁のスクリーンに、彼がこれまで繰り返してきた
違反行為の詳細が映し出された。

……いつもそうだ。

彼は指揮官以上の権限を持つ者しか入れない
基地奥のエリアに侵入し、
そこから『花』に関するデータを盗み出す。

「上官、これ以上は庇いきれません」

上官。その言葉が重く響く。
眠っているとはいえ、夫の前では呼ばれたくなかった。

―― 突如世界を襲った『花』との戦い。

人類は未だ勝機を見出すことはできず、
それどころか激しい戦いで
日に日に力を失っていっていた。

囚人と呼ばれる末端の兵士たちだけでなく、
指揮官や上官の命もどれだけ戦場で散ったことか。

統率を取る人材の不足。
上層部はある方法でそれを解決しようとした。

―― 『貴殿に上官への昇進を命ずる』

ある日突然、私のもとに送られてきたメッセージ。

上は適性のある囚人に指揮権限を与え、
組織の立て直しを図ることにしたのだ。

上官は囚人たちを『管理』する立場。

場合によっては、
私自らの手で夫を死地に送り込まなければならなくなる。

どうすれば上官への昇進を取りやめてもらえるか。
昇進命令を受けたことを夫に隠しながら、
暮らしているさなか――

彼は一度目の不正アクセスを敢行した。

機密を知った囚人は処分されるのが決まりだ。

それを止めるため、私は上官への昇格を受け入れ
自らの権限を使って夫の処分の停止を求めた。

そして彼の頭から機密に関する記憶を消し、
私は何もなかったかのような顔で、普段の生活へと戻っていった。

夫を含め周囲には基地内勤務になったと嘘をつき、
密かに上官として働きながら……

だが、その後も彼は機密情報のあるエリアへと侵入を繰り返した。
何度も、何度も。

それは、終わりのない『花』との争いに
活路を見いだせるような情報を手に入れるため。

―― 先の見えない戦いから、私を守るため。

「記憶消去の準備を」

今度は私がこの人を守らなければ。

指揮官に指示を出すが、
彼女はその場から一歩も動こうとしなかった。

「早く用意を。これは上官命令です」
「残念ですが、従えません」

静かな声が、
電子音と一緒に私の鼓膜を震わせる。

「本来であれば、彼は一度目の侵入の時点で処分されています。
ですが記憶を消し、あなたの権限を使い、どうにか守ってきた。
それも、もう限界です」

彼女の口から語られるのは、
私の行動が部下である指揮官たちの信頼を
いかに損なっているのかということ。

このままでは上官としての適正なしと判断され、
私が処分を受けるだろうと。

「……私は望んで上官になったわけではありません」

この人を守るために、やむを得ず選んだ道というだけ。
地位にも名誉にも興味はない。

「それでも、あなたはそこから降りることはできない。
『花』への復讐のためにも。
いま進めている『計画」のためにも」

彼女は私のほうに近づき、こちらの腕をとる。

「このスイッチを切れば、彼の生命活動も停止します。
安らかに……眠るように」

ベッドのそばにあるボタンへと、私の手を導いていく。

「どうかご決断を、上官」

彼女の静かな声が、
空虚な部屋の中で小さく反響した。


二章 Change (your) love

静かな部屋の中に、ピーっと呑気な電子音が響く。

―― お湯が沸いた合図だ。

私はリビングの椅子から立ち上がり、キッチンへと向かった。

棚から支給されたばかりのお菓子と茶葉を取り出し、
お茶の準備を進めていく。

末端の兵士……囚人だった時には、考えられなかった待遇。
いつ使うのかわからない、ゲストルーム付きの上等な個室。
お茶や甘味などの嗜好品の支給。

上官という肩書を受け入れたことで、
私の生活は以前よりずっと豊かになった。

でも、こんな豊かさにどんな意味があるのだろう?

部屋の一番目立つ場所に置かれた写真立て。
そこに納まっているのは、在りし日の夫の写真。

―― 私が最も愛した人。
そして、私がこの手で殺した人。

指揮官に決断を迫られた私は、
この手で夫の生命維持装置を切った。

大切なものを捨て、
基地にとって利益となる決断を下した私。

おかげで部下たちからの信頼も回復し、
最上官からも忠誠心を高く評価された。

でも、それになんの価値があるのだろう?

一時は夫の後を追うことも考えたが、
結局それはできなかった。

指揮官たちの厳しい監視の目があったことも原因の一つだが、
私は『花』を殲滅するため、
ある『計画』を実行したかったのだ。

キッチンカウンターの上に置いた小型の端末を操作し、
監視カメラの映像を呼び出す。

『じゃあ皆さん、一列に並んでください』

『はーい』

スピーカー越しに聞こえてくるのは、
たくさんの子供たちの声。

―― 終わりの見えない『花』との戦いに
疲弊している囚人は多い。

その証拠に、ここ最近は脱走率も上がっていた。

それを食い止めるための計画。
それは末端の兵士らに戦う理由を与えること。

私は上層部に向かって、
『子供がいる』という疑似記憶を囚人たちに植え付け、
実際に子供を『支給』することを提案した。

反発もないわけではなかったが、計画は承認され、
上層部はどこからともなく大量の子供たちを連れてきた。

子供たちは普段基地にある保育区画で暮らし、
彼らの『両親』となった囚人たちは
大事なものを守るため外の世界で敵と戦い続ける。

「……皮肉なものね」

私は『花』に息子を殺された。
その記憶が生んだ憎しみのおかげで、
ここまで生き残ることができたのだ。

未だ心に残り続ける喪失の痛み。
それが、かつて共に戦った仲間たちを
死地に追い立てる方法に気づかせてくれるとは。

人を駒のように扱い、『花』と戦わせることに
抵抗がないわけではない。

だが、この道を選んでしまった以上、
引き返すことはできない。

復讐のため、『花』を駆逐しなければ。
何より――

「ただいま! 今日のおやつ何?」

リビングに駆け込んできた、小さな影。

「おやつのことを聞く前に
やることがあるでしょう?」

私にそう言われ、彼は急いである場所に向かう。

部屋の一番目立つ場所。
彼の遺影が置かれたところ。

写真立てを手に取り、テーブルの上へと置く。

「ただいま、お父さん」

ほんの少し垂れた息子の目は、私にあの人を思い出させた。


三章 Change (his) life

上官となった私は、兵の脱走を抑止するための『計画』に限らず
様々な作戦を成功させた。

世界各地に点在する『花』の巣の位置特定。
敵の生態に関する研究や、新兵器の開発。

敵を殲滅することは未だできていないが、
人類は一時の危機的な状況を脱し、
体制を立て直し始めていた。

「ごめん、母さん。お待たせ」

指揮官クラス以上が利用できる専用の談話室。
そこに息子がやって来る。

彼は長い年月を経て成長し、
今では青年と呼ぶに相応しい姿となっていた。

「はじめまして。
今日はお時間いただいてしまってすみません」

息子の後ろから現れたのは、一人の女性。
大きな目が、まっすぐこちらを見据えていた。

「この人が前に言ってた……俺の恋人」

少し恥ずかしそうに紹介する姿を見て、
くすりと笑いがこぼれてしまう。

「―― と申します。
今は研究区画のほうに勤めていて……」

説明されなくとも、
彼女の情報は既に私の頭の中にあった。

名前、年齢、仕事、実績。
それだけでなく、出生時からの成長記録も。

しかし素知らぬ顔をして、
私は彼女の自己紹介に耳を傾けた。

「今日はこうしてお会いできて
本当に嬉しかったです」

歓談の時間は短かったが、彼女は場の中心に立ち、
如才なくそれを乗り切った。

本来であれば息子が会話を回し、
私と彼女の仲を取り持つべきなのだが……

「なんだか似てるな、二人とも」

ようやく口を開いた息子は、私と彼女を見比べた。

「似てるって、私と……お母さまが?」

「そう。なんとなくだけど、雰囲気が」

その言葉を聞いて、私は苦笑いする。

「母親に似てるなんて禁句中の禁句でしょう。
あなた、嫌われても文句言えないわよ?」

指摘されて少し気まずそうにする息子と、
明るい笑い声をあげる彼女。

最後に軽く挨拶をし、二人はラウンジを出て行った。
その背中を見送った後、私は軽くため息をつく。

「よろしければどうぞ」

いつの間にかそばに来ていた指揮官が、

私の前に温かい飲み物を置く。

「ありがとう」

お茶の温度は舌をやけどしない程度の熱さ。
私が上官になった頃からの長い付き合いだからか、
彼女は私の好みをよく心得ている。

だからこそだろう。
指揮官は遠慮のない視線を私に向け――

「どんなものですか。
自分の夫に恋人を紹介される気分は」

どこか意地の悪さを感じさせる声。

彼女はいつもこうだ。
冷徹で感情がないように見えて、
人の心を揺さぶることに楽しみを見出している。

「……今のあの人は『息子』よ」

―― 上層部がなぜか保有していたクローン生成の技術。

私はその研究の使用用途を深く追求しない代わりに、
保存していた夫の遺伝子データを使い、彼のクローンを作った。

そして赤ん坊のまま培養器から取り出したのだ。

それは彼を守るため。
もし成体まで成長させ、夫の記憶を植え付ければ、
彼は再び同じ過ち ―― 機密情報へのアクセスを繰り返すだろう。

「それで、彼女はどうでした?
あなたのお眼鏡にかないましたか?」

「駄目ね」

「なぜ? 評判はいいですよ、彼女。
気立てがいいとか」

「人格的には問題ないわ。
でも、功績があまりに平凡すぎるの」

幼少期から科学分野への適性を見せてはいるが、
末端の研究員止まりで、目立った活躍はない。

『私』とはあまりにも違う。
だからあの人 ―― いえ、あの子には相応しくない。

先ほど見た彼女の笑顔に、
私は頭の中で大きなバツを付けた。


四章 Changeling

――誰かに体をゆすられる。
それをきっかけに、私は深い眠りの中から抜け出した。

瞼を開くと、眩しい疑似太陽光と共に、
見慣れた指揮官の顔が目に入ってきた。

「泣いていますよ。いいんですか?」

彼女が顎で指示した先にあったのは、小さなベビーベッド。

そこからふにゃふにゃとした
赤子の鳴き声が聞こえてきていた。

「ああ……ありがとう。
嫌ね、歳をとると耳が遠くなって」

息子の時は、少しの物音で飛び起きていたのに。

そう付け加えながら、私は赤ん坊を抱き上げた。

「今日はずっと機嫌よく寝てたのにねぇ。
おむつ? ミルク? どっちでもない?」

小さな体を腕の中で揺らしながら、
むずがる赤子をあやす。

そんな私を見て指揮官はふっと小さな笑みを漏らした。
もちろん、ほほえましい笑いじゃない。

―― 人を憐れむような、冷たくて意地の悪い笑み。

「やはり、あなたに似ていますね」

「……そうかしら」

ちくりとこちらを刺すような言葉に気づいてないふりをして
静かに返事をする。

「まあ、当然ですよね。
赤ん坊の父親はあなたの夫……失礼。今は息子さんでしたか」

彼女の顔に浮かんだ笑みが深くなる。

「なにより母親はあなたのクローンですしね」

私は夫のクローンを生み出すと同時に、
自分のクローンを十数体作り出した。

顔が私そっくりにならないよう造形に少し手を加え、
赤ん坊のまま培養器から取り出し、
『両親』となる囚人たちのもとへと送り込んだのだ。

「これほど上手くいくとは驚きです。
息子さんがこれまで付き合った女性は
すべてあなたのクローンだったんでしょう?」

異なる環境で育った私のクローンは
三者三様の個性を見せた。

自らの才を花開かせる優秀な者、平凡な者……
時には落ちこぼれも。

「その子の母親は控えめで一見平凡に見えるが、
高い分析能力を持ち合わせている」

―― また物静かで感情の起伏は少ないほうだが、
心を許した相手の前では豊かな表情を見せる。

まるで資料を読み上げるように、つらつらと喋る指揮官。

「好きなものは……家族。
息子さんの妻は、能力分布から性格まであなたそっくりだ。
驚くほどに、ね」

私はこの時のため、何十年もかけて
用意周到に計画を進めてきた。

私のクローンたちと息子が出会うように仕向け、
交際するよう働きかけ、子を持つように促し……

「あなたは、私をおかしいと思う?」

「ええ、そうですね」

指揮官は淡々と頷く。

「でも……いいんじゃないでしょうか。
あなた、今までで一番いい顔をしていますよ」

私は息子を奪われ、夫を失った。

だが、ついにこうして
自分の手に取り戻すことができたのだ。

夫のクローンと私のクローンが生み出した子供。
私の……私たちの『本当の息子』。

むずがるように泣きつづけていた赤ん坊は
私の腕の中で、いつしか静かな寝息を立て始めていた。


聖母の偶像

『花』と戦う彼女には、家族という支えが必要なの。
だから彼女は夫と子供を、何よりも大事に思ってるのよ。

その証拠に、彼女が抱えているものを見て頂戴。
思い出がたくさん・・・・・・写真だけじゃなくて絵や手紙まで。
1枚残らず保存してるそうよ。

・・・・・・そうね。夫はともかく■■の■■である子供の
思い出の品があるのはおかしい ―― 貴方の指摘は正しいわ。

でもほら、昔から女の一念岩をも通すって言うじゃない。
どんなことも本当だと信じ込めば、いつかは真実になるのよ。

彼女の持っている思い出の品たちは・・・・・・いわば辻複合わせね。
子供が『いた』と信じるため、母を演じるための小道具なの。

だからあまり野暮なことは言わず、見守ってあげましょう。
真実を知った時、彼女がどんな道を選ぶかも含めて・・・・・・


喋々の女

は〜、遠征イヤだね〜。準備面倒だし、死ぬかもだし。なんでこんな大荷物背負って行軍しなきゃなんないわけ――えっ、今回の遠征、 部隊にF66xさんもいるの?  うわ~、さらに憂鬱かも・・・・・・いや、 だってあの人なんか近づき難くない?  前に同じ隊になったことあるんだけど、必要以上のこと絶対喋らないし、かなり壁感じたよ。
雑談振っても反応薄めだし。あの人、笑ったりすることあんのかな? え、なに?  旦那の話を振れ?  どういうこと?  ふんふん・・・・・・は~・・・・・・なるほど、あそこラブラブなんだ。旦那さんの話になったら基本ニコニコでよく喋る?  え、なにそれ・・・・・・ちょっと可愛いじゃん・・・・・・


母の手帳

【成長の記録】
普段から自分一人で歩くように。
でも頭が大きいのか、後ろにひっくり返ってしまうことも。

言葉にはなっていないけれど、喋ろうとする素振りはあり。
バイバイやこんにちはなどの身振りも出てきて、
こちらの言っていることを理解し始めてきている。

体が大きくなって肺活量が増えたせいか、
夜泣きは泣いているというより、叫んでいる状態に近い。
そのため、こちらが寝不足になることもしばしば・・・・・・

子育てにはいまだ慣れず、
あまりの忙しさに何もかもが嫌になることも多い。
でも、あの人に似た垂れた目を見ると、それだけで元気になれる。

こんなに愛おしいものがこの世に存在するなんて、
以前は想像もできなかった。


昇格基準参照データ

上官となり、基地の指揮を執るに相応しい人物の条件。
基礎能力が高いことは当然として、求められるのは高い判断能力。
十を生かすために一を犠牲にできるかということ。

だがこれまでのデータを参照するに、
合理性だけを求めて判断を下すことが正しいとも言い切れない。
事実、効率を重視し戦闘や実験を推し進めた上官などは、
一般の兵士―― 囚人達に反乱を起こされ、
殺害されたという記録も残っている。

合理性を優先しつつも、下からの反発を最小限に抑えられる存在。
それは彼女をおいて他にはいないだろう。

慈愛に満ちながらも、深い復讐の念に囚われ、
その思いを遂げるためなら他者を犠牲にすることも厭わない女囚。
しかし夫である男囚の存在が、彼女の判断を狂わせる可能性がある。
そちらについては別途、対応を検討している。
それが上手くいけば、彼女は完璧な上官となるだろう。


兵士と保育士

こんにちはー。これ前に言ってたおもちゃの修理に使えそうなパーツ。いーえ、どういたしまして。今回の戦闘、楽だったし余裕でついでに回収できたよ。それにしても、この保育所もかなり子供増えたねえ。そういえば、保育士っていま何人いるの?  あんた含めて15人?  すっごいねー、大所帯だ。たしか、元囚人の人が上官になってからだっけ?  囚人とその子供が同じ基地で暮らしてもいいってことになったの。あれ、ほんとありがたかったよね。おかげで子持ちの人たちの士気の上がりかた半端なくてさ。いっときは『花』に押されてたけど、あれのおかげでだいぶ盛り返したんだ。やっぱ守るものがあると人間強くなれるんだね。あたしも欲しいなあ、守るもの。だって生きて帰りたいもん。そりゃ死にたくないよ。でも、うーん・・・・・・子供を持つのはちょっと違うかな。可愛いとは思うけど、『花』を倒す目途もついてない今の状況じゃ色々と不安だし。そうだな、その代わりに・・・・・・

子供たちの面倒を見てくれてるあんたを守ろうかな。
どう?  よくない?


お母さんへ

新しい字を たくさん ならったので お母さんに
また 手紙を書きます

でも ありがとうとか 大すきだよとか
もう たくさん書いたから
書くことがなくて ぼくは こまっています

でも 手紙を わたすと
お母さんは いつも よろんでくれるから
ぼくは どうしても 手紙を書きたいんです

お母さん 元気ですか
お母さん ありがとう
お母さん 大すきだよ

これからも ずっといっしょに いてね


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