少女の断章

スポンサーリンク
スポンサーリンク

一覧に戻る

シークレットストーリー

一章 あたたかい手

『檻』と呼ばれる不思議な場所で、
わたしはカイブツさんと出逢った。

カイブツさんは、わたしが見るこわい夢を食べてくれた。
そしたらわたしは、こわい夢を見なくてすむようになった。

カイブツさんはわたしの夢を食べ続けて、
わたしそっくりの女の子に変身した。

そしてわたしは、カイブツになった。
びっくりした。どうしたらいいのか分からなくなって、
わたしは、カイブツさんのそばから逃げ出してしまった。

でもほんとうは、カイブツになれて、うれしかった。

しんじゃったパパのことも。
いなくなったママのことも。
いじわるしてくる人たちのことも。
もうぜんぶ、わすれちゃっていいんだ。

だってわたしはもうにんげんじゃない。
カイブツになったのだから。

わすれちゃおう。
ぜんぶ……ぜんぶ……

*  *  *

雪がふっています。
白くてふわふわで、とてもきれいです。

この石でできたおうちは、ふしぎなのです。
いっぱい葉っぱが生えてるところもあれば、
こんなふうに雪がふってるところもあるのですから。

さくさくさく。
わたしは雪をふんで歩きます。
そして、ずーっとつづく、白い道を進みました。

けれどわたしは、
どこに行けばいいのかわかりません。

帰りたいと思うのですが、
どこに帰ればいいのかわからないのです。

どうやらわたしは、じぶんがどこから来たのか、
忘れてしまったみたいです。

わかりません。
なにも思い出せません。

……だめ。考えるのはやめました。
考えると、頭がいたくなるからです。

わたしは走りました。
ほっぺに白い雪がくっつきます。
つめたくて、とても気もちがいいです。
モヤモヤした気もちがぜんぶ、ふきとびました。

しばらくして、わたしは立ち止まりました。
女のひとが、つめたい石のかべによりかかってすわっているのを
見つけたからです。

わたしは、ぴょんと飛びはねました。
この広い石のおうちで、
わたしはひとりぼっちだと思っていたから、
だれかに会えたことがうれしかったのです。

女のひとはがたがたとふるえています。
気分が悪いのでしょうか?

「お姉さん、だいじょうぶ?」

わたしは話しかけてみます。
女のひとは……お姉さんはわたしを見上げると、
きゃっと大きな声をあげました。

「か、か……怪物……!」

あれ? お姉さんはもっとふるえだしました。
なんだか、かわいそうです。
わたしは、お姉さんに元気になってほしいと思いました。

わたしはお姉さんの前で、
くるくると、おどってみることにしました。
おどると、とても楽しい気もちになります。
きっとお姉さんにも、この楽しい気もちがつたわるはずです。

でもわたしはじょうずに、おどれませんでした。
雪がつるつるとすべるから、転んでしまったのです。

「ふふ……ふふふっ」

あ。お姉さんが笑っています。

「お姉さん、元気でたの?」

お姉さんは、ちいさくうなずきました。
それからわたしは、お姉さんとお話しました。

お姉さんはいつのまにか、
この石のおうちに迷いこんでしまったらしいのです。
だからはやく帰って「かぞく」と「むすめ」に会いたいそうです。

お姉さんは、このおうちから出る方法をわたしにたずねました。
でも、それはわたしにも分かりません。
そう伝えると、お姉さんはまた悲しそうな顔をしました。

お姉さんがとてもかわいそうです。
わたしは、お姉さんのためになにかしてあげたいと思いました。

「だいじょうぶだよ。お姉さん。
いっしょに帰り道をさがそうね」

わたしはお姉さんの手をとりました。
わたしの手はおおきいので、お姉さんがいたくないように、
そっと、やさしく、手をつなぎました。

お姉さんは、わたしの顔を見あげました。
泣きそうな顔だけど、笑っていました。
そして、お姉さんはわたしの手をぎゅっとにぎりました。

お姉さんは言います。

「あなたの手……とっても、冷たくなってる」

わたしは、じぶんの手がつめたかったことに気がつきました。
さむいのを、ガマンしていたことを思いだしました。

でも、もうだいじょうぶです。
わたしの手をにぎってくれるお姉さんの手が、
とてもあたたかいからです。


二章 ぴかぴか光るもの

わたしは、カイブツです。
石でできた、大きな大きなおうちの中にいます。

どこかに帰りたいと思うのですが、
どこに帰ればいいのかわかりません。
それに、どこから来たのかも分かりません。

わたしは、何もおぼえていないのです。
わたしはずっとひとりぼっちで、歩きつづけていました。

すると、お姉さんと出会いました。
お姉さんは、この石でできたおうちに、
まよいこんでしまったそうです。

お姉さんは「かぞく」と「むすめ」のところに戻るため
帰り道をさがさなければなりません。

わたしはお姉さんと手をつないで、
いっしょに進むことにしました。

ぐるぐるのかいだんを上ると、
さっきまでふっていた、ふわふわの雪はやんでいました。
ここには、赤い葉っぱがたくさん生えています。
まるで、まっ赤なじゅうたんみたいです。

お姉さんはあたりを見回して「きれいだね」とほほ笑みました。
すると、赤い葉っぱのすきまから、ぽんっと白い花がさきました。
それを見て、お姉さんは、うれしそうに笑います。

「やっぱりここは、不思議な場所ね。
突然、花が開くなんて……」

それからお姉さんは言いました。

「娘が見たら、喜びそう!」

「むすめ」さんは、お花が好きなんだそうです。
お姉さんは歩きながら、「むすめ」さんのことを
たくさん話してくれました。

「むすめ」さんはお姉さんのことが大好きだということ。
いつもいっしょにいてくれる、大切なそんざいだということ。
たまにはケンカもしてしまうけれど、
すぐになかなおりできること。

そして。
ふたりは「かぞく」だから、苦しいことがあっても、
いっしょにのりこえていけるということ……

「むすめ」さんの話をするお姉さんはとっても幸せそうで、
なんだか、わたしもうれしくなりました。

「あなたは? あなたにも、家族がいる?」

「んー……どうだったかなぁ?」

わたしは、首をかしげました。わたしは、なにも思い出せません。
だけど、わたしにも「かぞく」や「むすめ」がいたら
いいなぁと思います。

「そう、思い出せないのね……
でもきっと、あなたにも家族がいるわ。
生き物にはね、みんな素敵な家族がいるものなのよ」

やったー、とわたしは飛びはねました。
今はなにも思い出せないけれど……
きっといつか、すてきな「かぞく」がいるところに
帰りたいと思いました。

「……あ!」

ぽんっ。
また、赤い葉っぱのすきまからお花がさきました。
ひとつだけじゃありません。
ぽんっぽんっぽん。お花はどんどん開いていきます。
その小さなお花はぼんやりと光っていて、
たくさん集めたら大きなあかりになりそうでした。

お姉さんは「わぁ」とよろこんで、
お花のところにかけよりました。
そして、ぷちっとお花をぬきました。

「たくさん摘んで、娘のおみやげにしましょう!」

ぷちっぷちっぷちっ。
お姉さんはたくさんお花をつみます。

「……お花さん、いたくないのかなぁ」

わたしはなんだか、お花さんがかわいそうに見えました。
けれどお姉さんは言います。

「花は摘まれるためにあるのよ。
どれだけ摘んだって『痛い』と叫んだりしないもの」

わたしは、そっかぁと思いました。
たしかにお花さんは、いつもだまっています。
声をだしたりしません。
わたしはお姉さんといっしょにたくさんお花をつみながら、
道を進んでいくことにしました。

するとわたしたちは、黒くて長細いおきものを見つけました。
おねえさんは「カカシみたい」と言っています。

いったい、これはなんでしょう?

さわってみようと、手をのばしました。
すると……

「わっ……!」

わたしとお姉さんの体が、黒いもやもやに変わっていきます。
そしてわたしとお姉さんの体はカカシの中に、
すいこまれてしまいました。


三章 お花の泣き声

とてもふしぎで、大きな石のおうち。

そこで、わたしはお姉さんといっしょに
お姉さんの帰り道をさがしていました。

お姉さんは「かぞく」と「むすめ」に会うため
おうちに帰らないといけないのです。

わたしはお姉さんから「かぞく」と「むすめ」の話を聞きながら、
なんだかあたたかい気もちになりました。
今はなにも思い出せないけれど……
わたしにも「かぞく」や「むすめ」がいたらいいなぁと
思いました。

それからわたしたちは、黒いカカシのようなものを見つけました。
これはなんだろう? そう思ってさわろうとすると――
なんと、わたしたちはカカシの中にすいこまれてしまったのです。

はっと気がつけば、
わたしとお姉さんは小さなおうちの中にいました。
ここはさっきまでわたしたちがいた、
葉っぱがたくさん生えたふしぎな石のおうちとは
ちがうところのようです。

ずいぶん、ちらかったお部屋です。
レンガのかべはボロボロ、だんろの中にはごみがたくさん。
つくえもいすもたおれて、まどはわれていました。

ここはいったい、どこなのでしょう。
わたしが首をかしげていると、お姉さんは言いました。

「……帰ってこられたわ!」

なんと、ここはお姉さんのおうちのようです。
よかった、お姉さんはおうちに帰ることができたのです!

けれどお姉さんは、暗い顔で
目をきょろきょろさせています。

「あの子がいない……あの子がいないわ!」

お姉さんは、そうくりかえしながら、
お部屋中を走りまわりました。

だんろにつまったゴミをなげすて、
もうひっくりかえっているつくえをまたひっくりかえし、
お姉さんは「あの子」を探していました。

「そうだわ。あの子、また……!」

お姉さんは、となりのお部屋へ走っていきます。
わたしはどうしたらいいのかわからなくて、
お姉さんの後をおいかけました。

となりのお部屋も、
さっきのお部屋と同じようにちらかっています。
お姉さんは、お部屋のはしっこに置かれたベッドの下に
手をのばしました。

そしてベッドの下から、ずるずるとなにかをひきずりだします。
大きな泣き声がひびきわたって、わたしはびっくりしました。
お姉さんがひきずりだしたのは、ちいさな女の子だったのです。
わーわーと泣きつづけるその顔は、あざだらけです。

「パパだけじゃなくて…
あなたまで私から逃げるつもりなのね?」

そう言って、お姉さんは女の子のほっぺたをたたきました。
女の子は、さっきよりも大きな声をあげて泣きました。
とても、かわいそうでした。

私はお姉さんに「やめて!」とお願いしました。

「その子……苦しそうだよ!」

けれどお姉さんは言いました。

「苦しいことを一緒に乗り越えるのが、家族なのよ」

かぞく……ああ、そうか。
この子が、お姉さんが話していた「むすめ」さんなのでしょう。
けれど、わたしには分かりません。
お姉さんは「むすめ」さんが大切なのに、
どうして、ぶったりするのでしょうか。
あのあざだらけの女の子の顔……
あの子は、いつもあんなふうにいじめられているのでしょうか。

「助けて!」

女の子がわたしに手をのばしてさけびます。

「このままじゃ、ママに殺されちゃう!」

……助けなければいけないと思います。
けれどわたしは、この子を見ていると頭がいたくなって、
体をうごかすことができなくなってしまいます。

わたしは、この女の子の目を知っている気がするのです。
それは、だれにも助けてもらえない「ぜつぼう」の目です。

わたしは……
そうだ。わたしは……

思い出しました。

カイブツになる前、わたしは人間だったのです。
そしてわたしは、この女の子と同じように
「ぜつぼう」していました。

パパが死んで、ママは帰ってこなくなって
だれにも助けてもらえなくて……

わたしにはもう、帰るところが、なくなってしまったからです。

「う、う、う、ああああああああああっ!!!」

わたしは走り出しました。
走らないと、おかしくなってしまいそうでした。

ちらかったお部屋を出て、外に飛び出しました。
むちゅうで走って、そこからはおぼえていません。

気がつけばわたしは、
あの大きな石のおうちにもどっていました。

石の道のうえに、死んだお花がたくさんころがっていました。
さっきまでいきいきとしていたはずのお花や葉っぱが、
みんなしおれていたのです。

茶色くにごった花びらは、骨の色に似ていました。
お花は、苦しくて泣いているようでした。
でも、わたしにお花の泣き声は聞こえません。
お花の声は、だれにも聞こえないのです。


四章 やさしい子

わたしはずっと、どこかに帰りたいと思っていました。
けれど、わたしはどこに帰ればいいのかわかりませんでした。
わたしは、いろんなことを忘れてしまっていたからです。

そしてようやく、わたしは思い出しました。

わたしはカイブツになる前、にんげんだったということを。
そして、わたしにはもう、帰る場所がないということを。

パパは死んじゃいました。
ママは知らない男のひとといっしょに、
どこかにいってしまいました。

わたしは、ひとりぼっちです。
わたしは「ぜつぼう」しています。

つらいです。苦しいです。
どうすればいいか分かりません。
大きな声を出してみました。どうにもなりません。

助けてほしいです。だれかに会いたいです。
わたしはだれかを探して、
この大きな石のおうちの中を走り回りました。

走って、走って、もうつかれてしまいました。
なんだか、泣いてしまいそうでした。
でもカイブツとなったわたしの体には目がなくて、
泣くことができませんでした。

わたしは少し高いところにのぼって、お空を見上げてみます。
たくさんの砂が風にふかれて飛んでいて、
空はふしぎな黄色をしていました。

そのとき……

「あ、あれ……」

下から、声が聞こえてきました。
見下ろしてみると、白くてふわふわうかぶ変な生きものと……
黒いお洋服をきた女の子が、わたしを見上げていました。

女の子の目は、きれいでした。
それはまるで、お花のようでした。
きっと、とってもやさしい子にちがいありません。
わたしは、あの女の子とお話をしてみたいと思いました。.

―― 助けて。
―― 悲しい。
―― さびしい。
―― 苦しい。

言いたいことが、いろいろあります。
でもわたしは、何も言えません。
頭がいたくなってしまったからです。.
あの女の子を見ていると……
また、なにかを思い出しそうになるのです。

イヤです。もうなにも思い出したくありません。
パパとママのことを思い出したときみたいに、
「ぜつぼう」してしまうのがこわいのです。

女の子はなにも言わずに、わたしに近づいてきました。
頭がいたくなります。どんどんいたくなります。
もう、おかしくなりそうでした。

これいじょう、わたしに近よらないで……!

「―――――――!」

わたしはじぶんでも分からないうちに、
女の子におそいかかっていました。

そして、この手を女の子の頭にたたきつけようとしたとき――
女の子と目があいました。

やっぱり、この子を傷つけてはいけない……
そう思い、わたしはあわてて手を止めました。

女の子が、小さく口をひらきました。
でも声はでていません。もしかしたらこの子は、
しゃべることができないのかもしれません。

だけどわたしは……
なにか、とてもあたたかいことばを聞いたような
気もちになりました。

……なぜでしょう? わかりません。

考えると、頭がいたくなってしまいます。
わたしはもうたえられなくなって、
女の子のそばから逃げ出しました。

石のかべをのぼって、高いところを目ざします。
風にのってやってくる砂が、
わたしの体にたくさんぶつかりました。

なんだかさびしくなってきました。
もういちど、あの女の子に会いたくなりました。
あのやさしい目を見たいです。

だけど……
あの子を見ているとなにかを思い出してしまいそうで、
やっぱり、こわいです。

そしてわたしは、
砂だらけの黄色い空にむかって、さけびました。
帰りたいとさけびました。
わたしには帰るところなんてないはずなのに……
それでもまだ、帰りたいのです。

あの女の子から感じた、やさしさ。
あんなふうにやさしいところへ、わたしは帰りたいと思いました。


天使の犠牲

ママ   「あの子を一言で表すなら・・・・・・そう、天使みたいな子よ!
運送屋  「貴方は、彼女の悪魔の一面を知らないようですねえ」
ママ   「・・・・・・社会は残酷ね。無辜のあの子を犠牲にするなんて」
運送屋  「私のお給料も、常に残酷な社会の犠牲になっています」
ママ   「でも、怪物との出逢いで彼女の運命は変わったはず」
運送屋  「私も妻との出逢いで運命が変わりましたよ。色々と」
ママ   「貴方。ちょっと煩いわ」
運送屋  「あっ、やめっ、そこは掴まなむぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
ママ   「どれほど人間の悪意に晒されても、あの子は優しさを失
     わなかった。その優しさは、あの子自身を救う事はでき
     なかったけれど――彼の心を救ったわ。そして彼は、あ
     の子の心を救った。優しさは巡り廻って、ようやくあの
     子の元にやってきたのね」
運送屋  「むぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ、ぷはっ!」
ママ   「あら貴方・・・・・・私の手から逃げられるのね」
運送屋  「おいコラ! いい加減にしろやてめぇ!」
ママ   「汚い言葉を使わないで。あの子が悲しむわ。無垢なあの
     子は、貴方の事だって大好きだったのだから」


初等教育課程 学業成績通知書

1、学習状況
作文A 語学A 算術A 歴史A 地理A 理科A 図画C
音楽A 運動A 修身A 勤労奉仕A 自然愛護A

2、出欠の記録
出席80回  欠席0回  遅刻0回  早退0回

3、教員の所見
御息女は学業成績・生活態度ともに申し分なく、教員間でも評判の模範的な生徒です。学級の中では、誰にでも分け隔てなく接し、思いやりを持って行動をすることができています。
御息女のこうした珠のような性格が育まれたのは、素晴らしい家庭環境とご両親の愛情があってのことです。

本校の中でも、とりわけ優れた素質をもった生徒ですので、ゆくゆくは上級学校に進学し、学問を修めることを強く奨めます。将来は、国家や社会に貢献する、有用な人材となってくれることを期待しています。


パパとママの贈り物

雪が降る、寒い朝のことだった。窓の外を眺めると、娘は街の子どもたちに交じって、雪合戦をしている。他の子どもたちは皆、娘より体が大きく、四、五歳くらいに見えた。娘は一番小さかったが、負けじと雪玉を作っては、上手に投げている。私はふと、娘だけが手袋をしていないことに心づいた。小さな手が真っ赤になっている。そんなことは気にも留めず、無邪気に笑う娘を見て、心が痛んだ。
「こんな寒い日でも、フィオは元気だな」
遅れて起きてきた夫が隣に立っていた。たくさんいる子どもたちの中で、娘ばかりを目で追っているようだった。
夫が仕事に出かけた後、私は古いセーターを探した。昔、夫から贈られたもので、大切に着ていたため、まだ綺麗なはずだ。物置きの奥からみつけてきたセーターをほどくと、その毛糸で手袋を編んだ。
毛糸の優しい色合いは、私よりも娘に似合うに違いないと思った。

夜、帰宅した夫と私は、思わず顔を見合わせて笑った。夫は少ないお金を工面して、街で手袋を買って帰って来たのだ。幼い娘は遊び疲れて眠っている。この幸福な日々がいつまでも続くといい。私はそう願いながら、娘にそっと毛布を掛けた。


新たな身分制度に関する世論について

次の春より、貴族階級、平民階級に次ぐ新たな階級が設置される。
彼らは「山羊の民」と呼称され、収入の過半数を税として納める義務が課せられるという。また彼らは如何なる公的な職に就くことも許されず、参政権も剥奪される見込みである。つまり「山羊の民」となった者は、経済活動の自由はおろか基本的人権さえも剥奪されるというわけだ。
「議会が抱える法学者達は、こういった最底辺の階級を導入することにより、政治を安定させる効果が期待できると主張するが、私は声を大にして言いたい。このような人道に反する身分制度の先に、未来などあるはずがないと。

今日も議会場の前では、新たな身分制度に反対する者達で溢れかえっていた。自分が「山羊の民」になろうがなるまいが関係ない。他者の不幸の上で幸福になることを喜ぶ国民など、どこにもいないのだ。たとえ議会が国民の反対を押し切り、非道な身分制度を制定しようとも、我々は決して屈しない。貴族も平民も「山羊の民」も、皆手を繋ぎ、助け合っていこうではないか。


怪物は見ていた

昨夜、身分の解放を求める「山羊の民」二十数名が、議会場の前に集った。この事態を収めようと衛兵が出動。衝突が起こった。

件に関わった「山羊の民」の粛清は済んでいるが、住民の間では不安の声が絶えない。当然、住民らが怯えるのは非力な「山羊の民」ではない。粛清の現場で目撃情報が相次いだ、怪物である。

目撃者である女性の証言によれば、怪物はおとぎ話に出てくるそれと、そっくりの姿をしていたとのこと。
「きっと、先日遺跡で死んでいた「山羊の民」の少女が、忌々しい怪物を呼び寄せたに違いありません」
と彼女は戦慄した様子で語った。そもそも「山羊の民」達が議会場前で身分の解放を求めたのは、遺跡で孤独に死んだ少女への追悼の意があったという。そのため、女性はこのように思ったのだろう。

議会は、怪物の正体については調査中であるが、落ち着いて行動するようにと住民らに呼び掛けている。また、今回の件を重く受け止め、徹底した「山羊の民」の管理を行っていくとの声明を出した。


「山羊の民』が語り継ぐこと

百年と少し前。山羊の民として虐げられ、
幼いままで命を落とした少女がいました。

彼女は、長い輪廻の中に囚われていた――
私たち山羊の民の間では、そう言い伝えられています。
死んでは生まれ変わり、生きては死に、また生まれ変わる。
時を超え、姿を変え、記憶を失くし、けれど少女は、
いつも同じ心を持って生まれてくるというのです。

そんな少女は、山羊の民として過酷な運命を辿る中でも、
最期まで優しさを失わなかったといわれています。
それはきっと、彼女が心のどこかで、
「怪物」の優しさを覚えていたからに他ならないでしょう。

―― 少女は何度生まれ変わっても、いつも「怪物」に救われる。
その温かな「怪物」の記憶が、いつも彼女の心に眠っている。
だからこそ彼女は、どんな時代、どんな場所に生まれついても、
優しさを失わずに、歩いていけるのです。


© SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

コメント

error: 経路は封鎖されています。
タイトルとURLをコピーしました