俗客の断章

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シークレットストーリー

一章 少年と王子 ~出会い~

猥雑な人々の喧騒。
鬱陶しい虫の羽音。

陽の高い昼すぎの港町は、
商人達の汗の匂いと、活きの良い魚貝の匂いで賑わっていた。

俺は誰かが道に放り出したゴミの中から、
食い残された焼いた魚の骨を見つけて、しゃぶりつく。
こんなものでも味は染みていて、馳走のように旨く感じる。

情けなく思わないでもないが、
数か月前の奴隷生活と比べれば、
まだ人間的な生活であるようにも感じた。

―― あの船で味わった、人間以下の扱いに比べれば。

しかしこれだけでは、生きていくにはとても足りない。
こうしているだけで、腹が鳴る。

無一文の自分が得られるものは、このような日々の残飯。
もしくは、十に届いたばかりで死にかけている哀れな餓鬼を
哀れんだ、奇特な人間の施しのみだ。

このままだといずれ餓死することは目に見えている。

現状を打破するには、自分だけのカ――
技術が、必要なのだろう。

生きる術。
生き残る方法。

何でもいいが、それを身に着けなければ、死ぬ。
理解はしていても、なかなかどうしていいのかわからなかった。

そんな最底辺の生活が続く、ある日。
俺は街中で自分と同じぐらいか、少し年下であろう、
少年を見つけた。

彼は、走っていた。
ぱっと見た印象だが、自分とはまったく生まれが違う、
港町の商人達とも違う、小奇麗で高級そうな身なり。

何かを探して急いでいるのかと思ったが、どうやらそうではない。
彼は、追いかけられていた。

いかにもな風体のごろつきらしき男達が、
彼の後方から現れ、何やら互いに指示を出している。
必死な彼の表情から察するに、どうやらこれは誘拐のようだ。
身なりからして、盗みなどで追われているとは思えない。

自分とは関係のない厄介事。
巻きこまれるのはごめんだ、と俺は身を隠そうと動く。
しかし俺はそこで、彼と目が合ってしまった。

はっと何かを思いついたらしい彼が、
弾けるように俺のほうへ向かってくる。

まずいと思ったときにはすでに遅く、
彼は俺の手をいきなり握りしめ、そして。

「一緒にここから逃げよう」

囁き、走り出した。
俺もつられて走ってしまう。

―― 訳がわからなかった。

彼を追いかける男達もそうだろう。
明らかに戸惑いながら、俺と彼を追跡してくる。

彼は構わず、俺の手を取って走り続けた。
さながら敵に追われるお姫様の手を引く、騎士のように。

迷路のような街並みをジグザグに進み、
転びそうになる俺を引き寄せながら、彼は突っ切る。

家々の間に干されていた大量の薄布を剥がしては広げ、
男達の視界を奪いながら、駆け抜ける。
新鮮な海の幸が並ぶ店先に飛びこんで無数の魚を掴み、
地面にばらばらと撒いて、男達の足を滑らせる。

何かの遊戯を楽しむかの如く、
彼はあの手この手で状況からの脱出を試みる。
俺はそれに着いていくことしかできない。

そうやっていつの間にか港街の外に出た俺達は、
なんとか無事、二人きりになっていた。
男達は完全に、俺達を見失ったらしい。

しかしあれだけ派手にやらかしてしまった以上、
俺も彼も、もうあの街には戻れまい。

「いきなり何しゃがんだ、お前……」

腹が減っていた俺は息も切れ切れに、
声を出すのもやっとながら、最初の疑問を伝える。
すると彼は、俺の手を強く握ったまま。

「何も説明せずに、ごめん。
僕はある国の王子なんだ!」

さわやかな表情で、そう言った。
汗だくながら清々しさを失わないその顔を見て、
それが嘘でないことを俺は悟った。

―― 想像以上の厄介事に、首を突っ込んでしまったことも。


二章 少年と王子 ~初めての盗み~

ごろつきらしき男に追われていた王子を名乗る少年。
彼は何故か、縁もゆかりもない底辺暮らしの俺の手を引いて、
街から脱出した。

「本当に王子様なら、どうして一人で追われてやがった?」

俺が問いを投げかけると、彼はつらつら事情を語りはじめる。

彼は父である王と共に旅行をしていたが、
先ほどまでいた港街を根城にしている悪党達に、誘拐された。

悪党達は彼を利用して身代金を王に要求しようとしたが、
彼はなんとか隙をついて逃げ出したそうだ。
そこで彼は、俺を見つけた。

そして、これから自分の城に生還するためには味方が必要で、
一人よりも二人のほうが逃げやすいと考えたらしい。

そうだとしても、何故その相手が俺なのか。

疑問が晴れない俺に彼は、

「僕の頼みを聞いてくれそうな、
優しそうな人を選んだ」

真っ直ぐな目で言い切った。

俺は呆れ返った。
奴隷であった自分が、命令をしやすそうに見えたのならわかる。

しかし汚れた体で残飯を漁る俺を見て、
優しそうだと思うのは、どういう判断なのか。

俺が言うのもなんだが、人を見る目がなさすぎる。
そしてそもそも、俺には何の得もない。

俺にやる気がないのを悟ったのか、
彼は続けて告げた。

どうやら今、王子の国にお触れが出されているようだ、と。

王子を心配するあまり国王が、

「王子を城へ連れ帰った者には、特別な褒美を与える」

などと宣言したらしく、それがこの街にも伝わっている。

なるほど、それが金銭であるならば確かにありがたい。
ゴミを漁る暮らしから、おさらばできるだろう。

だが俺は、目立ちたくはなかった。
金は欲しいが、今の自由を失うのはごめんだ。

しかし彼は俺が反論や抵抗をするより前に、
再び俺の手を強く握りしめた。

そして、

「君に損はさせないよ。
一緒に行こう」

勝手に決めて、迷いなく歩きはじめた。
俺はぼんやり彼の後ろを追う。

どうしてそこで逃げ出さなかったのか、俺は思い出せない。

ただ生きるだけだった自分は思考が鈍っており、
断る元気も、勇気もなかったのかもしれない。

しかしどちらにせよ、城に行くまでは二人きりだ。
何もできない自分達だけで餓えをしのぎ、
その日その日を生き延びなくてはならない。

手を引かれるがまま歩き続け、
俺達はとある市場に辿り着く。

そこで王子である彼は唐突に、

「ここで盗みをしよう」

などと、のたまった。

王子の言い出すことかと俺は仰天したが、
どうやら冗談ではないらしい。

生き残ろうという意思に関して言えば、
彼は俺よりもはるかに強いのかもしれない。

同時に、盗みという言葉に興奮を覚えたのも事実だった。

残飯を漁るまでの底辺に落ちた自分でも、
そのような手段に手を染める発想が、何故か無かったのだ。

彼は狼狽えている俺を背にして、
「まずは食べ物を盗むとしよう。
君は、そこで見ていて」

と、近くの露店にそろそろと歩み寄る。

俺が建物の陰に隠れて見ていると、
彼は店主の目を盗み、
大胆な手つきで二つの果物を取った。

それを服の中に隠し、何事もない顔で戻ってきた彼は、

「ほら、簡単だよ」

朗らかに笑って、果物を渡してきた。
何の罪悪感もなさそうで、かつ雰囲気は高貴なままだ。

意味がわからない。
彼の思考が、まったく読めない。

だが、思った以上に盗みが簡単そうなのは確かだ。
彼の真似をすれば、いけそうだ。

「よし、俺もやってみる」

彼に伝え、俺もそろそろと露店に近づく。
幸い店主はこちらを見ていない。

彼と同じような速度で、彼と同じように自然に。
俺は旨そうな、瑞々しい果物に手を伸ばす。

―― とても旨そうだ。
旨そうに、見えすぎたのかもしれない。

果物に指が触れかけた瞬間、俺は生唾を飲み込んでしまった。

―― ゴクリ。

俺の餓えそのものを現す音。

客がいるはずもない視線の下からそれを聞いた店主と、
俺は目が合ってしまった。

「何をしていやがる!」

店主は激昂し、調理用の包丁を振り上げる。
俺は慌てて逃げ出し、隠れていた王子の元に戻る。

状況を察した彼は、またしても俺の手を握り、
そして全力で走りはじめた。

―― なんだか俺、無力な姫君みたいだな。

包丁を振り回す店主に追われながら、俺は思った。


三章 少年と王子 ~最後の夜~

王子を名乗る彼と、行き場のない俺の二人旅。
それは、生きるために初めての盗みに手を染めてから、
思っていた以上に長いものとなっていた。

お互いの一張羅はあちこち破れてボロボロになってしまい、
二人とも半裸同然だ。

そんな状態でも笑顔の絶えない、
高貴な血筋である彼の前向きさが、俺にはやたらと眩しい。

永遠とも思える旅路だったが、
彼によると母国の城へは確実に近づいているそうだ。

その上で俺と彼の連携は、日に日に練度を上げている。

―― より確かな、盗みの技術の練度が。

道中に通りがかった街でも、作戦は順調だった。

まずは街の広場に彼が立ち、高らかに声をあげる。

「やあやあ、わたくしは旅の踊り手。
今より西の都に伝わる、舞をご覧に入れます」

そして彼は腕を上げ、腹部をくねらせ、踊りはじめた。
ほろきれのような服を、ベールのようにひらつかせる。E

彼は以前に見た、王座の前で舞う踊り子の振り付けを
見様見真似で再現しているらしい。

少年がこの振り付けで踊る様は、
知っている人間から見ても珍しいのだろう。
彼が舞うごとに人が増え、密度が濃くなる。

やがて彼の周りには、人だかりができていた。

おかげで人々は他人と体が触れることに注意を向けず、
目も耳も、王子である彼に集中している。

―― 盗人にとって、またとない狩り場であった。

人々の間を泳ぐように俺は移動する。
盗みを続ける内に、人が服のどこに財布を潜ませているのか、
ふと見ただけで俺は把握できるようになっていた。

一つ、また一つと、楽しそうな人々から財布をスる。
一時の娯楽と引替えの、生活費をいただく。

この世にタダなどないのだという教訓が、
今日よりこの街で流行することになるだろう。

ひと通り儲けたところで王子である彼が踊りを止め、
万雷の拍手を浴びながら、手を振って退場する。

俺は人々が軽くなった懐に違和を覚える前に、彼と合流。
さっさと街を出て、街並みが遥か遠くに見えるまで歩いた。

―― 楽勝だった。

はじめて盗みに手を出し、大失敗したあの頃が最早懐かしい。

そんなこんなで俺達は行く先々で金を巻き上げ、
とうとう王子が住んでいた城が見えるところまでやってきた。

これが、俺と彼の旅の、最後の夜だ。
俺達は道中で見つけた物置のような小屋で、
いったん休むことにした。

体が触れ合うほど狭い室内で、二人横たわる。

俺は疲労と睡眠不足で動くこともできなかったが、
彼は何やら興奮が冷めず、
いつも以上に前向きで、明るい笑顔を浮かべていた。

「そんなに城へ帰ることが、嬉しいんだな」

俺が尋ねると、彼は首を横に振った。

「思い出したんだ。
昔、おばさんに読んでもらった、本の内容を」

それは、名のある盗賊の物語。

盗賊は大罪を犯し、島へ追放される。
しかしそこで、美しい女と出会う。

盗賊は女の協力でどうにか国に戻り、
これまでの罪を償って、女と共に幸せに暮らすのだそうだ。

「今の僕らみたいだな、と思って」

はにかんだ様子で彼が言うので、俺は鼻で笑ってしまった。

確かに今の俺達も盗賊ではあるだろうが、
少なくとも彼は、大罪を犯したわけではない。
境遇を重ねるほど、似通った物語ではないだろう。

だいたいその流れでは、俺がその、
美しい女の役割を担っていることになる。

―― 確かに、手を引かれて逃げた記憶はあるが。

「俺はそんな綺麗なもんじゃない」

そう述べたが、

「綺麗な顔立ちをしていると思うけれど」

真顔で彼はそんな言葉を放つ。

反論する気も起きず、
俺はそのまま睡魔に負けて眠ってしまった。

自分がとてつもなく恥ずかしい存在になっている夢を見たが、
その内容を誰かに話すつもりはない。


四章 少年と王子 ~それぞれの道~

さらわれた王子を城に送り届けることになった、
行き場のない俺の旅は、ついに終点へ辿り着いた。

道中は生き延びるために日々盗みを繰り返し、
身に付いたのは、盗賊の技術のみだったが。

それでも高貴な雰囲気を保ち続ける彼は、
さすがは人の上に立つ器であると言ったところだ。

ボロボロな服を纏ったまま、城の入り口へと進む彼。
門番の兵士からすぐに国王へと報告が伝わり、
やがて国王自身が城の奥から駆け寄ってきた。

国王は喜びに満ちた笑みを浮かべ、
王子である彼を抱き締める。

彼も嬉しそうに、父を抱き締め返す。
長く離れていた親子の、感動的な再会の場面。

特に俺の心には響かないが、
これが物語であれば、最も盛り上がる見せ場なのだろう。

やがて彼は国王から身を離し、俺のほうを指差した。

「彼が僕の旅を助けてくれたんだ。
何か褒美をあげてほしい」

彼は笑顔で、国王に告げる。

俺は無言でその様を眺めていたが、
国王は俺を見て突然、その表情を険しく歪めた。

かと思うと、突然訝しげな顔で俺のほうへ近づき、
俺の胸ぐらを乱暴に掴む。

「この汚らしい餓鬼め。
どうせ貴様が、この子をかどわかしたんだろう!」

国王は怒りを露わにし、俺をどんと突き飛ばした。
そのあまりの勢いに、俺は尻もちをついてしまう。

王子である彼は、感謝すべき相手を乱暴に扱う父を見て、
驚きと悲しみに、目を見開いて……

は、いなかった。

極めて冷静にすました顔で、
国王と立ち上がる俺のやりとりを見つめている。

国王はそんな息子の表情にも気づかず、

「さあ、中へ。
ゆっくり風呂に浸かって、着替えなさい」

王子である彼を大切そうに優しく抱きかかえ、
城の中へ戻ろうとしていた。
そんな僅かな間の、別れ際。

しおらしく国王の腕に包まれていた彼が、
俺のほうを見て、ニヤリと愉快そうに笑った。

そのとき、俺の手には。

絢爛な宝石が散りばめられた、
高級そうな純金の腕輪が握られていた。

俺に向かって国王が怒号をあげていたとき、
その油断と隙をついて、腕輪を彼が盗み取り、
国王が踵を返した瞬間に投げて寄越したのだ。

いまや、達人の芸当だった。
俺は俺で、突き飛ばされた瞬間に指輪を頂戴していたのだが……

とても自然な、この旅で培った二人の手技。
まるで最初に彼が俺の手をひいたときのような、
そうなるべき、筋書きが如き流れ。

俺はこれが、自分の運命であると感じた。

生きる術。
生き残る方法。

あの港町から彼を送り届けるすべての過程と行程が、俺を育てた。

死を待ち続ける囚われの姫君に過ぎなかった俺が、
この大地の上で、生きる力を得たのだ。

だから、俺は決めた。

―― 俺は、いっぱしの盗賊になる。

王子である彼にも、あんな芸当ができたのだ。
王子である彼と共に、何度もやり遂げたのだ。

この腕で生き抜く自信と覚悟が、
俺の胸にしっかりと強く芽生えている。

―― この旅は、報酬以上のものを俺にもたらしたのだ。

盗んだ装飾品を服の下に隠した俺は振り向かず、
それ以上彼の顔を見ることもなく、さっさと城を離れる。

俺と彼は二人だけの秘密を抱き、互いに己の道を歩く。
この先は、孤独だ。

しかし、この手に染みついた技術には、
確かに彼との経験が、生き続けることだろう。


盗みの流儀

「彼はね、元々は良いところの生まれだったようだよ。でも幼い頃
に人買いに攫われて、そこからは奴隷暮らしさ。それはそれは酷
い主人に買われてしまったようだけど、どうにか自力で逃げ出し
て、そこからは盗賊として生活していたんだ。連れ去られた土地
でひとり……生きるためにはそうするしかなかったんだろうね。
でも、本当は心根の優しい子のはずなんだ。盗みだって、必要最
低限。もしくは汚い金持ちから。とか、流儀を決めていたんじゃ
ないかな? 僕はそう思うよ」

「えっと……あなたはどちら様?」

「え、僕だよ僕…………あれあれ? 僕の髭がなくなってる!?」


船乗りの冒険譚1

ここから北北西の方角にずーっと行った先に、色とりどりの宝石がわんさか採れるっていう噂の山がある。これは、俺がその山に宝石を掘りに行った時の話だ。
もちろん目的は宝石を売りさばくことだったが、掘れど掘れど宝石は出てこない。朝から晩まで掘ったが一つも出てこない。テマなのか、もう宝石は採りつくされてしまったのか……そう諦めて空を仰ぐと、夜空には零れ落ちそうなほどの星が瞬いていた。
綺麗だな……疲れも忘れてその星を眺めていた時。ひゅんと、その星の一つが目の前に落ちてきたんだ。拾い上げてみると、それは、キラキラと輝く宝石だった。そして、それが合図だったかのようにひゅんひゅんと次から次へ星が……いや、宝石が降ってくる。俺は夢中で拾い集めた。
これで俺は大金持ちだ! 思わず笑みが零れる。そこにゴゴゴと空から轟音が響いた。見上げると、なんと! 星だけじゃなく、真ん丸で大きな月までが、俺目掛けて落ちてきたんだ。とても受け止められる大きさじゃない。俺は慌てて逃げ帰った。あまりに慌てていたんで……拾い集めた宝石を全部、落としちまったんだ。
――――― 姫は、笑わない。


船乗りの冒険譚40

俺は猛獣がひしめく島にいた。その島にいる珍しい獣の皮を、とある金持ちが欲しがっていると聞いたからだ。
同行した数人の仲間達はすでに、牙がやたら大きかったり、爪がとんでもなく鋭かったりする猛獣どもの胃の中だった。生き延びていたのは俺ひとり。俺は命からがら洞窟に逃げ込んだ。真っ暗な洞窟の中で頼れるのは、手元の灯りだけ。慎重に俺は奥に進む。洞窟は生温かくて、酸っぱい匂いがした。地面もぶよぶよとぬかるんでいて気持ちが悪い。俺は足を速める……
結論から言おう。その洞窟はなんと巨大な蛇の体の中だったんだ。つまり、俺も知らずのうちに猛獣の胃袋の中だったってわけ。まあ俺がこうしてここにいるってことは、無事に抜け出せたわけなんだが、どういうわけか洞窟を抜け出してから、猛獣たちが寄ってこなくなったんだよな。なぁ、なんでかわかるか?
――――― 姫は、笑わない。


船乗りが語る伝聞79

これは、俺が船旅をする中で聞いた話なんだが……とある金持ちの屋敷に、独りでに音を奏でる不思議な楽器があったらしい。誰も演奏していないのに、勝手に音がするんだ。しかも、そいつが不思議なのはそれだけじゃない。楽器の音色を聞いた奴は、たちまち眠っちまうらしかった。
その噂を聞いて、いてもたってもいられなかったのは、一人の盗賊だ。そいつを使えば、盗みを働き放題だと考えたのさ。盗賊は、楽器の音を聞かないように、耳に栓をして屋敷に忍び込んだ。そして楽器の置いてある部屋に入った。その瞬間! 盗賊は頭に強い衝撃を受け、眠るように気絶しちまったんだ。
つまりだな。耳に栓をしていた盗賊は、背後に忍び寄っていた屋敷の主人に気付けなかったんだ。そして、それこそが屋敷の主人の狙いだった。独りでに音を奏でる楽器なんて、嘘っぱちだったってことだな。そして欲に目が眩んだ盗賊は身ぐるみを剥がされ、お縄についたとさ。
―――――――――― 姫は、笑わない。


船乗りの冒険譚166

砂漠の果てに、ポツリと一輪だけ咲いている花がある。近くに水場はないが枯れることはなく、とても美しい花びらを拡げているらしい。誰もがその花を一目見ようと、砂漠を彷徨うほどだ。
どうしてその花が枯れないかわかるかい?
みんな、魅了されちまうのさ。そのあまりの美しさに、枯れないでほしいと思ってしまう。だから、自分の分の飲み水を全部、その花にくれてしまうんだ。そうして、花の周りには干乾びた死体がゴロゴロ転がっているんだが、誰も花に夢中で気付かないんだと。
俺はというと、そんなに美しい花なら高く売れると考えて、採って増やそうと考えた。砂漠に咲くほど強い花だ。増やすのはそう難しくなかった。が、大量に増えたその花は、どういうわけか全然売れなかったとさ。
――――――――――――――― 姫は、笑わないか。


船乗りが語る伝聞8

むかしむかし。恐ろしい怪物に捕らえられた、美しいお姫さまがおりました。お姫さまは孤島の牢に閉じ込められ、怪物はその鋭い眼光をお姫さまから逸らしません。お姫さまは助けを求めますが、怪物が怖くて誰も助けには来てくれませんでした。
そこに、ひとりの王子が名乗りを上げます。荒れ狂う海を渡り、お姫さまが捕らえられた孤島に辿り着きました。そして、怪物と対峙し、王家に伝わる伝説の剣を振り上げます。
見事、王子は怪物を倒しました。怪物は死に、お姫さまと王子は一生幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

―――――あの人が繰り返し、何度も何度も俺に語ってくれた物語。
今思えば、何が面白かったのかはわからない。だが、あの頃の俺は夢中でこの物語を聞いていたし、王子に憧れてもいた。だから俺はあの日……あの人の笑顔を取り戻すため、伝説の剣で怪物を倒すことに決めたんだ……


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