メインストーリー

少女と怪物の物語

少女と怪物 太陽と月 ヒトと世界

プロローグ

📖 回想

虚空を貫く石の巨塔

その巨大な建造物は『檻』と呼ばれていた

一人の少女がヒタヒタと歩いている

彼女には『檻』で成し遂げたい
ある目的があった

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一章:風砂の章『荒野の三人』

📖 回想

少年と男が荒野を歩いていた。前をゆくのは育ちのよさそうな少年。後ろは寡黙な男。何かに追われているのだろうか、不安そうに周囲を気にしている。二人のゆく先には街があった。長旅の疲れを少しでも癒すために、二人は警戒しながらも街へと踏み込む。街の者の視線が異邦人へ向く。そのうちの一人が、食堂へ入ろうとした少年を呼び止めた。お前は王族だな、と。その言葉を皮切りに周りの者も次々と銃を構えた。
何度か銃声が鳴り、男たちは悔しそうに逃げていった。立ちはだかった寡黙な男に気圧されたようだった。彼は少年を王子と呼び、怪我はないかと気遣う。
「もう王子じゃないよ」少年は寂しそうに笑い、街を出て行った。

義肢の女が酒場に現れ、こういった者を見なかったかと聞いてまわっていた。女は賞金稼ぎだった。 探しているのは賞金首だ。得られるのは漠然とした情報ばかりだったが、女はその中に標的の臭いを嗅ぎ取っていた。間違いなく、自分が狙っている相手だと。標的は森にいる。最終的にそう結論づけて、女は酒場を出る。すると彼女の前に、また別の賞金稼ぎが立ちはだかった。女が名の知れた賞金稼ぎだからだろう。有り金を出せと襲いかかってきた。二人の戦いは一瞬で終わった。力の差は歴然としていた。倒れていたのはもう一人の賞金稼ぎ。復讐に燃える女を止めるには、生半可な実力では到底足りなかったようだ。義肢の女は一瞥もくれず、標的を追って森へと歩いて行った。

森の中、朽ちた教会の周りで、寡黙な男は食料を探していた。少年が食べるためのものだったが、数は少なかった。飢えているのは人だけではないのだ。それを証明するように、男の前に熊が姿を現した。狙いは男の持つ林檎。獣もまた、飢えていた。
獣を蹴散らした男は少年の元に戻った。教会の奥、とりあえずの安全な場所に少年は横たわっている。もともと病弱だった。そのうえ過酷な旅は確実に少年を痛めつけ、寿命を削っていた。男が差し出した林檎も、もう体が受け付けないほどに憔悴していた。
男は少年を助ける術を持たなかった。彼にできるのは、ただ少年の側にいることだけだった。

標的を追い、義肢の女は古びた教会へとたどり着いた。壁も天井も崩れ、もはや建物とは呼べない有様だった。教会の奥で女は標的を見つけた。古びた機械兵と、子供ほどの大きさの朽ちた骸だ。女が一歩足を踏み出すと、とうに壊れていたはずの機械兵が突然動き出した。体の軋みか魂の叫びか、うなり声のような音をたてて、機械兵は女に銃を向けた。
……この少年が死んだのは、百年も前。祖国を追われた少年は、戦争を止めるために機械兵と旅をした。だが志半ばで命を落としたのだ。取り残された機械兵はそれでも少年を守ろうと、近づく者全てを攻撃していたのだった。その限界を超えても、主に仕え続けていたのだ。
もう機械兵は二度と動かない。ここが安息の地だ。女は二人を弔い、静かに森を去った。

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二章:砂礫の章『失ったもの』

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水と緑に彩られた、自然豊かな国。そこに、狩りをしながら暮らす姉妹がいた。二人は美しい黒髪をなびかせ森の中を駆ける。いつものように狩りをする姉娘の耳に、妹の悲鳴が届く。急いで駆けつけると、そこには怯えて動けない妹と、今にも飛びかかろうとする獣。姉娘が弓矢で獣を追い払うと、 妹は緊張が解け、安堵とともに涙が溢れだす。姉娘はそんな妹を抱きしめ、銀の髪飾りをつけてやる。それは妹がいつも欲しがっていた、亡き母の形見だった。妹はたちまち泣き止み、今度は私がお姉ちゃんを守る、と言った。

狩りを終えた姉妹は、家路につく。異変に気が付いたのは森を出たところだった。視界の先には立ち昇る煙と、炎につつまれた街。姉娘の頭をよぎったのは、隣国が侵略戦争を始めたという噂……姉娘は妹に、ここでじっとしているように、と言いつけ街へと向かった。姉が街に着いたとき、そこは火の海と化していた。蹂躙された街、人々の死体。そこに、一人でいることに耐えかねた妹が姉娘を追いかけてやってくる。二人は街を抜けるため駆け出すが、大勢の兵士に囲まれてしまう。妹を庇い、 姉娘は剣で切り裂かれる。
姉娘は途切れゆく意識の中で、妹の叫び声と、兵士たちが話す「選別」という言葉を聞く。

妹の呼ぶ声が聞こえた気がした。意識を取り戻した姉娘は牢獄の中にいた。そして、自分の体を見て目を疑う。そこには機械の手足、真っ白になった髪の毛、変わり果てた自分の姿があった。姉娘が牢獄から抜け出すと、敵国の兵が襲いかかってくる。立ちはだかる兵士をいともたやすくなぎ倒した姉娘は、その兵士から、捕らえた人間を改造し、殺戮のための機械兵を生み出す実験、「選別」をおこなっていると聞く。そして、自分がその失敗作であることも。
姉娘の頭に真っ先に浮かんだのは妹の安否。果たして無事なのか……嫌な予感を振り切るように、姉娘は牢獄を抜け出す。

姉娘が牢獄を抜け出すと、そこは見たこともない外国の地。その場所もまた、敵国の兵士たちによって炎と血で染め上げられていた。戦場に響く子供の声、それを追って、姉娘はひたすら走る。目の前に現れたその声の主は、「選別」によって変わり果てた妹だった。姉娘を見つめる妹の唇から、「オネエチャン……」という言葉が漏れる。その直後だった、姉娘の目の前に血しぶきが舞う。失敗作を処分するために現れた敵国の兵が、妹のことを切り裂いたのだった。そして、姉娘の記憶は途切れた。気が付くと目の前には、ぐちゃぐちゃになった「敵兵だったもの」と、既に冷たくなった妹の亡骸があった。
姉娘は妹を優しく抱き上げ、目を閉じる。彼女にとって、その日から、復讐だけが生きる希望となった。

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三章:硬砂の章『囚われの人形』

📖 回想

ある王城の地下深く。ガラクタの散乱する地下倉庫で、機械の兵士が眠っていた。ある時、兵士に連れられ、一人の少年が倉庫へと投げ入れられる。床に倒れ伏したままの少年を見かねて、男はガラクタをかき集めてベッドを作ることにした。
二人はベッドに腰掛け、各々の事情を伝え合う。男が名乗った名は、戦争用に作られた『機械兵』の 初号機の名前。戦争で指令を完遂できず、欠陥品として破棄されたのだという。対して少年が名乗った名は、王国の第一王子の名前。生まれつきの持病のせいで見限られたのだと話す。境遇の似た者同士の出会いに、少年は悲しそうに微笑んだ。

地下倉庫の劣悪な環境の中で、少年の持病は次第に悪化していった。男は少年のために倉庫中を探し回り、見つけた薬瓶を少年に手渡す。だが、その薬瓶は空だったらしく、少年に笑われてしまった。 男が心配してくれたことで元気が出たのか、少年は薬瓶に入れたロウソクに火を点け、ランプへと変身させる。倉庫を柔らかく照らす灯りの中、少年が歌いだす。それは、勇者が民のために魔王へ挑む、おとぎ話の歌。美しい旋律で紡がれる英雄譚を聴くと、男の胸の内で、確かに何かが変わった。気が付くと、男の口から感謝の言葉が漏れていた。機械兵が言うはずのない言葉。それを聞いた少年の顔が、喜びに満ちた笑顔に変わった。

扉の外から兵士達の噂話が聞こえてくる。どうやら開戦が近いようだ。それを聞いた少年は男の目を 見据え、力強く話し始めた。民のために戦争を止めなければならないという決意を。少年の意志を受け取った男は、牢を破り、兵をなぎ倒し、少年を玉座まで連れていく。
玉座で国王と対峙した少年は、第一王子として戦争を止めることを進言する。彼の堂々とした姿は、 まるで歌に登場した勇者そのものだった。その行為を反逆と見なした王は、少年を殺すように男に命じる。機械兵である男は王の命令に逆えず、為す術なく少年に銃を向けた。
・男は少年を救うために、己の『意志』をもって初めて王の命令に背く。そして、集結する王国の兵達から逃れるために、少年の手を引き、王城から逃げ出したのだった。

国王の開戦宣言によって騒ぎになった城下町を、二人はひた走った。後ろからは二人を追う王国の兵 士。少年が王族だと気付いた国民達は、彼に向かって罵声を吐き始めた。王族への憤りは、これほどにも溜まっていたのだ。罵倒され、小突かれ、転んでも、二人は立ち止まるわけにはいかなかった。……そして、二人は逃げ切った。二度と帰れぬ故郷を見つめ、少年は決意する。父王が始めた戦争に終止符を打つことを。機械兵の男も決意する。この身が滅ぶまで少年に寄り添い、守り続けることを……各々の想いを胸に、長い長い平和への旅が、 今、始まった。

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四章:流水の章『錆』

📖 回想

暗闇の中で、女は静かに主の言葉を聞いていた。彼女が忠誠を誓う、とある国の大名の言葉だ。大名は言った。大儀であった、次も頼むと。壁越しに彼女は承知の旨を伝えた。大名の頼みとは、殺し。それが女の使命だった。
女は街を歩いていた。街の活気も人々の笑顔も彼女とは無縁のものだった。羨むときもあったが、彼等とは歩む道が違うのだ。己の生きる場所は闇と刃の閃きの中だけと知っていた。だが今日は、すれ違った童の笑顔がやけに印象に残っている。あの屈託のない笑顔が、襲いくる賊を切り伏せている間も消えないままだった。

思い出すのは訓練の日々。幼子に課すには苛烈なものだった。毎朝、体の痛みをこらえ、疲労した体に鞭打ち庭へと向かう彼女を、大人たちは遅いと叱責し、打ち据えた。主君の敵を斬るために、主君の道具として、いついかなる時も主君の手元にあるようにと教えながら、命がけの訓練を彼女に課した。殺しを生業にする家だった。そして彼女も一族の者として、生まれながらに殺しの宿命を背負っていたのだ。
決していい思い出ではない。雨の中、森に潜み、女はみじめな気分になっていた。だが愚痴をこぼしてもしかたがない。今は使命を果たすのみ。女は音もなく門番を切り捨てると、そびえたつ城へと潜り込んだ。

標的は敵国の世継ぎ。安全なはずの城で世継ぎが死ねば混乱が起きる。そこを攻めれば容易く落ちる。騒ぎが起きたところで合図を送るのが彼女の仕事。それで友軍が攻め込めば終わりだ。廊下を駆け座敷へと飛び込む。果たしてそこには目当ての子供がいた。だが刀を突きつけても、子供は泣かない。悲鳴も上げない。よくよく見れば男ですらなかった。女は男装の理由を問うた。子供は答えた。かような家など滅んでしまえばいい。私を勝手に生み、勝手に生かし、人形を着せ替えるようにもてあそぶ家など……女はその恨み節に聞き覚えがあった。ああ、この娘は同じだ。自分と同じなのだ……うるさいはずの雨の音が、やけに静かに感じられた。

どれだけ時間が経ったのだろうか。女は刀を鞘に納めさらに問うた。かような家など滅んでしまえばいいという言葉に偽りないかと。娘は頷く。やせ我慢をしていたのか、体が震えている。女は一言、承知の旨を伝えた。それと同時にどたばたと兵が集まり、女を囲んだ。数刻の後、血の海となった座敷に女は倒れていた。城の中に生きている兵は一人もいなかったが、彼女も致命傷を避けられなかった。なぜこんなことをしたのかわからない。だが家に縛られ苦しむのは、自分だけで十分だった。後悔はなかった。一人を助けたところで罪の償いにもならないが、地獄に落ちるとき、自慢の一つくらいにはなるだろう。女は静かに目蓋を閉じたのだった。

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五章:冠雪の章『遥かなる頂き』

📖 回想

雪の深い山道を、男は進んでいた。動くものも音もない、凍り付いた景色だけが続く道。もう日が沈みかけているが、男は歩みを止めなかった。大きなクレバスがあれば斧で木を切り倒し、空に月が昇っても進み続けた。この山にはそれだけの魅力があったのだ。たとえ暗闇が危険だとしても、男にはこれまでの経験からくる絶対の自信があった。飢えた狼に囲まれても、その自信は揺るがなかった。誰も制したことがないと言われる険しい山。そして男は数々の山を制してきた冒険家だ。厳しい自然の中で生と死の狭間を探し、それを見つけることに生きがいを感じていたのだ。

雪山は男を拒絶するように吹雪き始めた。痛みさえ感じる凍てつく風と雪に、さすがに男の足取りも重い。休憩できる岩陰を見つけ、風をしのぐことにした。彼は懐の手紙のことを思い出した。この山に挑む直前、娘がお守りと共に贈ってくれたものだ。わずかに残る娘のぬくもりが、男に活力を与える。吹雪がやむのを待ち、男はまた進み始めた。山の中腹には大きな湖があり、その側に先駆者が倒れていた。いつ頃死んだのかはわからない。男が遺体を調べると、懐から手記が出てきた。そこに書かれていたのは、後悔。家族を残し、この山に挑み、死んでゆくことの後悔。凍えていたためか、悲しみに暮れていたのか、その文字は震えていた。

男の目の前に、巨大な壁が立ちはだかっていた。山頂に至るまでの最後の試練だった。ここを登り切れば山を制することができる。自分を奮い立たせ、途中滑落しながらも、男はついに壁を登り切った。人跡未踏の山の頂には、驚くべきことに朽ちた神殿があった。いつの時代に作られたのか、その不思議な光景に導かれるように、男は足を踏み入れる。彼の冒険家の血が沸き立っていた。
神殿の奥で男は信じられない光景を見た。彼の妻がそこにいたのだ。それと同時に、妻の言葉が頭に響いた。新しく生まれる子供もいるのに、何故、置いて行ったのか…
目をこらしてもう一度見ると、妻とは似ても似つかない、妊婦の凍死体だった。手に握られたお守りが娘のものとよく似ていた。それを見て、男は家族の元に帰る決意を固めた。

雪降る森の一軒家。身重の女が家事をしていたところ、扉を叩く音がする。父が帰ってきたと、娘が飛んで行った。だが外には誰もいない。風のいたずらだったのだろう。二人は男が帰ってくるのを待っていた。もうすぐ生まれる子供もいる。残念に思いながら、二人は男の話をした。帰ってきたらなにをしようかと。そのうち、女が急にお腹を押さえて苦しみだした。今にも、新しい命が生まれようとしていた。
男は暗闇の中で目覚めた。山頂前の崖の下だった。そうか、と男は悟った。自分は登りきってなどいなかった。すべては、崖から落ちて気を失っていた男の夢だった。すでに手の感覚も無かったが、男は苦労して娘のお守りを取り出し、その温もりを感じながら、ゆっくりと目蓋を閉じた。

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六章:刻石の章『贖罪:黒』

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怪物はママという生物に導かれ、彼の世界を歩いていた。これまで見てきた人間の世界とは全く違う世界。異質に重い砂、辺りに散らばる何かの破片。奇妙な色に染まる天には、歯車の様な形をした何かが浮かんでいる。そして極めつけに、自分と同じような外見の者がそこかしこにいた。怪物たちは彼の姿を認めると、口々にこの夢はやらないと言う。人間から奪ってきた夢を、食べているのだ。彼は『黒い敵』と戦いながら進んだ。彼らは夢喰い。夢を食べ続けることでヒトになることができる。怪物も、そう願っている一人だった。

ママが言うには、ここは怪物の記憶の深層。奥へ進み記憶を修復することで、彼は自分を取り戻すことになるという。ママは『かつての自分に飲み込まれるな』と言った。
記憶の中へと入り込んでいく黒い敵は、様々な形となり彼の前に現れる。それは例えば、夢の為、本能に溺れ手を汚す者の姿。彼の中には人間になりたいと願う彼と、それを否定する彼がおり、黒い敵はその隙間に入り込んだのだろう、とママは言った。そして怪物に問うた。
「貴方が本当にしたい事は何?」

夢喰いの怪物の本能は、ヒトの夢を食べてヒトになること。何者にとっても、本能を否定することはとても難しい。自分自身を否定することに等しいからだ。迷う怪物の前に、次々と黒い敵が現れてのたまう。鳥、そして門番。あんな子供どうでもいい。人間になりたいのだろう……黒い敵は相手の感情を読み取って口にし、揺れた感情の隙間から記憶を破壊しにくるのだ。
黒い敵を排除し門をくぐった彼に、ママは言った。
「貴方は一人の人間に出会った。その人間の夢を食らい尽くして体を奪い、人間となった」
夢の終わりは、近い。

記憶の最奥部には鏡があった。怪物が鏡の前に進むと、そこには白い服を着た少女の姿が映っていた。怪物はその少女に見覚えがあった。そうだ。彼はこの少女を喰らってヒトに…黒い服の少女になった。だが本当の望みは違ったはずだ。彼は少女になりたかったのではない。
「友達になりたかった。そうでしょう?」ママはそう言った。そして白い服の少女は今も、怪物の姿となって『檻』をさまよっていると続けた。
最後に『言葉』を取り戻した時、彼の記憶は全て正された。すべきこともわかっていた。「あの子を、人間に戻すんだ」
怪物はそう叫んだ。

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七章:紅枯の章『priSOner』

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その日は子供の誕生日の祝いだった。男は愛する妻子を連れて、ショッピングモールを訪れていた。買ったばかりのロボットのおもちゃを抱えて、嬉しそうに走り回る子供。それを微笑みながら見守る妻。彼が望む平凡な、そして特別な一日。しかしその日常は地響きとともに崩れてしまう。モールの床を突き破って現れた触手に大きな花弁。後に『花』と呼ばれる怪物の出現だった。
……そして一連の騒ぎで子供を亡くした夫婦は現在、とある施設にいた。ここは『花』と戦わされる囚人が集う軍事施設。『花』への復讐に囚われ、政府にも囚われた夫婦には、あの頃の日常はもう二度と帰ってこない。

彼らは兵士だったが、同時に囚人でもあった。厳格に管理された施設内では食事の時間すら自由ではなかった。栄養室に入るにはセキュリティチェックを受ける必要があり、列に並ばねばならなかった。いつものように男が順番を待っていると、突然けたたましい警報が鳴った。『エラー』だ。彼らの中から時折、逃げ出そうとする者が現れる。そういうとき上官はエラーの個体に手をかざす。そうするだけで、すっかりおとなしくなってしまうのだった。そんなに珍しい光景ではない。彼らが着用させられている囚人服、それは意識の自由すらも奪うものだったから。男はたいして興味も示さずチェックを受けて食事を受け取る。
その時、別の警報が鳴った。男の顔色が変わった。『花』が現れたのだ。

国策であった。『花』の脅威を認識した政府は、国民を兵士として徴用した。選抜された国民は、逃げられないように囚人服を着せられ、名前を奪われて絶望的な『花』との戦いに投入されていった。彼らはコンテナで物のように運ばれ、戦場に放り出される。武器はあったが『花』はより強かった。今日は見たこともない禍々しい個体まで現れた。仲間は瞬く間に死んでいき、男と妻だけが残った。逃げなければ。そう思った時、新たなコンテナで援軍が到着した。援軍のおかげで、出現した『花』を殲滅することができた。仲間に助けられたと二人は感謝した。名前も自由も尊厳も奪われたが、この連帯感だけは新しく得たものだった。
……喜んでいた仲間の動きが突然止まった。なんの前触れもなく、機械が止まるように。

あまりのことに夫婦が困惑していると、仲間たちは整列して歩き出した。機械が定められた動きをするように、一糸乱れぬ動きで彼らは進んだ。二人が追いかけると、その行く先には崖があり、仲間たちは次々と崖に身を投げていった。それは上官の命令によるものだった。上官が言うには彼らは戦績が悪かった者たちということだ。この『花』との戦いを通し、政府は命令に従う優秀な兵士を作り上げる実験をしており、基準に満たない者はこうして棄てているのだという。そして今現在、自死の命令に従っていないこの夫婦もまた、廃棄対象だった。妻が貫かれた。男がかばわれたことに気づいたのは、彼女の手によって崖下へと落とされてからだった。崖の下、仲間の骸の中で彼は唸るように叫ぶ。許せないのはもう『花』だけではなかった。

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八章:積葉の章『LIberator』

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女は廃墟の中で目を覚ました。最後の記憶は、自分が斬られたことと、夫を自らの手で崖下に落としたことだった。自分が死んでいないことを疑問に思いながら、女は廃墟の中を彷徨った。あれから何があったのかさっぱり思い出せない。点在する死体を見かけてもその原因がわからない。なんとも言えない不安を感じていると、多くの足音が聞こえた。思わず身構える女。だが現れたのはともに戦った仲間。そして自分が身を挺して守った夫の姿も、そこにあった。
夫婦は強く抱きしめあった。互いに二度と会えないと思っていただけに、まさに望外の喜びであった。

案内されたのは、同じように囚人服を着た仲間の集う場所。話によると、彼らはみな『エラー』と判定され、表向き廃棄された者たちだった。運よく脱走に成功し、廃墟に潜み、仲間の開放を計画しているのだという。女もまた仲間に迎え入れられた。ひと時の安心を得ることができたが、夫からあの後のことを聞かれた時、激しい頭痛が彼女を襲った。どうしても思い出せない。自分がここにいる理由も、生きている理由も。そうこうしているうちに、この隠れ家に多くの兵士たちが押し寄せていると報告があった。しかもその兵士は、かつてともに戦った仲間。懸命の説得も届きはしない。夫婦は生きるために戦うしかなかった。

数日後、兵士たちはコンテナに積み込まれて基地へ戻っていった。その中に夫婦も紛れ込んでいた。ついに作戦が始まったのだ。彼女らがまず先遣隊として基地に乗り込み、仲間を引き込み、そして全員を解放する。そうすれば、この地獄のような日々も終わる。基地に忍び込んだ夫婦は抜け道がないか探しまわった。皮肉なことに、自由に施設を歩きまわるのはこれが初めてだった。今更ながら、なぜあれほどまでに従順だったのか、二人にはわからなくなっていた。だが、辿り着いた部屋には上官がいて、その理由を雄弁に語り始めた。すでに人類は死に絶え、ここにいる彼らはクローンでしかないこと。そして囚人には『花』と戦うため偽りの記憶が植え付けられていたことを。「最後の試験だ」上官がそういった瞬間、女の頭にこれまでにない激痛が走った。

子供など始めからいなかった。平和な日々などなかった。誰も知らなかった真実。自分たちは政府すらなくなった世界で、なんの意味があるかもわからない実験のために産み落とされ、壊されていたのだ。激痛のさなか、彼女は自分が斬られた後のことを思い出していた。テキヲコロセ。そう言われた。いや、プログラミングされたのだ。テキとは大切ナ人。最後の試験とは偽りの自我すら失い、従順な殺戮兵器となり、大切なパートナーをも殺せるかどうかを試すものだった。薄れゆく意識、書き換えられてゆく人格の中で、彼女は力を振り絞り、最後の最後まで抗った。
……その後、実験の終了を告げるアナウンスが流れた。女の体は、もう二度と動かなかった。

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九章:炎砂の章『血の復讐』

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少年が住む国では長い戦争が続いていた。銃声の聞こえない日はなく、人々は怯えながら暮らしていた。臆病者の少年は怖くて眠れず、毎晩、両親に元気づけてもらっていた。
そんな一家が過ごすいつもの夜。玄関から物音がして両親の顔色が変わった。少年をクローゼットに隠し、彼らは様子を見に行く。それからすこしの間、少年はクローゼットの中で縮こまっていた。暗闇の中、諍いの音と両親の悲鳴、どたどたと家の中を走り回る複数の足音を聞いた。
足音が去った後、少年はクローゼットから這い出る。そして剣を突き立てられた両親の死骸を見つけ、泣き崩れた。自分の臆病さと非力さを、呪った。

数年経ち、少年は兵士になっていた。目的はただ一つ、両親を殺した敵国の男を、自らの手で殺すこと。唯一の手がかりは、両親の亡骸に突き立てられていた剣、そこに刻まれたエンブレム。少年は臆病だった自分を捨て、戦場を駆けずり回った。愛想がなく、周りとうまくやるつもりもなく、いつも不機嫌で、少年の周りにはトラブルばかり。そんな少年の起こすトラブルを処理するのは、決まって隊長の役目だった。しかし少年は、隊長に一度も感謝をしたことはない。なぜなら、いつも周りを窺ってばかりの軟弱な隊長を見ていると、昔の自分を見ているようで嫌気がさすからだ。こんな奴に上官の資格はないと少年は無視を決め込んでいた。少年が隊長に求めるのは、次の作戦の号令だけだ。

ある日、少年のもとに次の作戦の資料が配られる。そこに記載されたエンブレムを見て、少年は血が滾るように感じた。敵の部隊に、仇の男がいる。しかし、攻撃部隊のリストに少年の名前はない。少年は自分を出せと隊長に詰め寄る。しかし隊長はその申し出を却下した。激昂した少年は剣を突き付けてて隊長を脅す、隊長は腰が引けていたが、それでも首を縦に振らない。怒りが収まらない少年は暴言を吐き散らしながら部屋を出た。
……そして皆が寝静まった夜。少年はそっと起きだし、一人で敵陣へと向かった。軍規など問題でなかった。仇の男への復讐、それが、彼にとって唯一の生きる目的だったのだから。

夜明け前に、少年は敵軍のキャンプに忍び込んだ。しかし、仇の男の姿は見つからない。そのうちテントに明かりが灯り始めたが、少年に退く気などなかった。見つかってもかまわない。仇の男が自分の前にでてくるのなら、と。異変に気が付いた兵士たちが少年の前に現れる、そこには仇の男の姿があった。少年は次々と敵を切り伏せる。復讐の幕切れは一瞬だった。仇の男は死の間際に瀕してもなお、今も信じられないといった様子で、少年を見つめていた。そしてぽつりと語る。少年の人生の真実を。
少年の育った国がおこなった、乳幼児を狙う拉致計画の内容、幼い頃の少年を攫った男と女、自分が本物の父親であること……少年が、これまで信じてきたことの全ては偽りだった。

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十章:煌粒の章『誰ガ為ノ戦イ』

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戦争が続く国に、『臆病者』と呼ばれる軍隊長がいた。戦闘での撤退命令の多さや、積極的に相手を攻めない弱腰な姿勢から、影で部下たちにそう呼ばれている。作戦が始まる日の朝、隊長は軍の拠点を見回って、準備を呼びかけていた。部下の隊員たちが他愛もないことで喧嘩をしているが、隊長は決して横柄な態度を取ることなく仲裁していく。
隊長が拠点の見回りを終えたとき、ある隊員がいないと部下から報告を受ける。昨日の軍会議で、攻撃部隊への志願のために詰め寄ってきた少年隊員。先走って敵軍へ乗り込んだのではないかと、隊長は彼の身を案じた。

少年隊員が戻らないまま、作戦が開始された。目標は敵軍の殲滅と、敵地に向かったであろう少年隊員の保護。隊長は無線通信で的確に指示を出し、隊の安全を確保しながら進軍する。敵軍のキャンプへ辿り着くと、隊長は少年隊員の姿を探し始める。敵軍の隊長らしき死体を見つけて近寄ると、その胸には見覚えのある剣が突き立てられていた。昨日の軍会議で、少年隊員から向けられた剣。彼がこのキャンプにいたことは間違いないが、周囲に姿は見当たらない。敵地に単独で乗り込んで、無事にすむはずがない……また間違えてしまったのかと、隊長は自身の過去を思い返していた。

隊長が軍に入ったばかりの頃、彼は自信家で身勝手で、隊の規律を乱してばかりの人間だった。ある戦闘で、彼は己の力を過信し、作戦を無視して独断行動をとった。その結果、隊の全滅を招いてしまったのだ。仲間の死体が散らばる戦場で、まだ息のある上官を見つけたが、「お前が助かってよかった」とだけ言い残し、息を引き取った。
その日を境に、隊長は仲間の死に強い恐怖を抱くようになった。臆病者と呼ばれるほどに性格が歪み、それでも彼は、一人でも多くの仲間を救うことを贖罪として軍に残り続けたのだ。
思い返しながら捜索を続けていると、負傷した少年隊員を見つけた。隊長はその手を掴み、何としても助けると誓うのだった。

隊長は、少年隊員を背負いながら帰還を目指す。通信で部下に撤退指示を出しながら、敵兵が現れれば容赦なく撃ち、自身が傷つきながらも歩き続ける。心の中では、かつて死んだ仲間たちの声が彼を責めていた。声に抗いながら彼は進む。もう過去の自分とは違うのだと己に言い聞かせながら。とうとう敵の部隊に行く手を阻まれた。絶体絶命の状況に置かれても、隊長は少年隊員を庇う。
……その時、部下たちが現れて敵を蹴散らした。彼らは隊長の救出のために駆け付けたのだ。本作戦における死者0名。部下からの奇跡のような知らせ。隊長は少年隊員に向かって、「お前が助かってよかった」と伝えることができたのだった。

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十一章:水煙の章『心懐残響』

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そこがどこか、自分が何者かも分からなかった。目覚めた少女は、頭の中に響く声に従って人気のない施設を進んでいった。あの場所に行かなければという、悲鳴のような微かな声ただ一つを頼りに。行く先に人の形をした結晶があり、少女が手を伸ばすと、結晶に遺された記憶が、少女に流れ込んでいく。自分が兵器として作られたこと。結晶の記憶から、少女はそれを理解した。その時目の前に現れた、液体とも個体ともつかない、不気味で、白い異形の怪物。瞳を紅く染めた少女は、目覚めたばかりとは思えない動きだった。瞬く間に怪物を追い払い、何事もなかったかのように歩みを再開した。

施設の至る所には戦闘の痕が残され、瓦礫が散乱している。どうやら争いがあったようだ。少女は天井から差し込む光を追い、瓦礫を登り、植物に覆われた場所へ出た。太陽光を模した明かりで植物を育てているようだった。光に眩んだのか、少女は強い眩暈に襲われる。見覚えがあるような、そんな事を考えながら、少女は部屋を見渡した。またも立ちはだかった白い怪物を倒し、見付けた結晶に手を翳す。死んだ仲間。彼女の記憶には白い怪物。そして怪物と戦い、蹂躙される少女たちの姿があった。この惨状は、白い怪物によるものだ。頭に響く声となにか関係があるかもしれない。ここで起きたことを知らなければ。少女はまた、歩き出す。

依然、少女の頭の中には声が響いている。少女がその声に耳を澄ましていると、突如、施設を揺るがすほどの咆哮が響いた。閉じた隔壁の先だ。隔壁を開く為、少女は鍵を探し、赤く照らされた部屋にたどり着いた。そこにあった人型の結晶に手を翳し、少女は施設で何が起きたのかを知る。それは始まりの記憶。生体兵器である彼女たちのオリジナル、長女ともいうべき一体が暴走した時のこと。長女は白い怪物を生み出し、それが施設崩壊の原因となったのだ。鍵を得た少女は、繋がっていく記憶と押し寄せる姉妹の感情に耐えながら歩き出した。長女がいまなお苦しんでいると、知ってしまったから!

エントランスホールで彼女を待っていたのは、白くて巨大な異形の王だった。残された手記、手紙、そして姉妹の記憶。すべてが繋がった。少女にはそれが長女の成れの果てだとわかっていた。暴走した長女は、白い翼を広げて吼え、少女へと襲い掛かる。その雄たけびは、悲鳴にも聞こえた。
激しい戦いの後、ついに異形の王は倒れた。これまでそうしてきたように、少女は遺った結晶から記憶を受け継いだ。そして知った。行かなければならないあの場所とは、かつて長女が人間だったころの思い出の場所。望郷の念が、限りなく薄まりながらも、自分に受け継がれていたのだと。少女は長女に別れを告げて、施設の外を目指した。彼女が強く願ったあの場所へ、彼女の代わりに辿り着く。握り締めた剣にそう誓って。

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十二:白秋の章『贖罪:白』

📖 回想

ある国の街外れに貧しい少女が住んでいた。家の中では両親のけんかが絶えず、そういうとき少女は家を飛び出して、街をあてどなく歩くことにしていた。貴族を頂点とした厳格な階級社会。少女の父は新しく作られた『山羊の民』という身分により職を奪われてしまったのだった。『山羊の民』とは平民よりも下の身分だった。人権も認められない階級を作ることで、貴族たちは平民の不満を解消しようとしたのだった。その日、少女は議会場と呼ばれる建物に入った。父が働けるように頼み込もうとしたのだ。しかし少女につけられた首輪と手枷を見て取ると、議員達はすげなく追い返した。それは『山羊の民』であるという証だった。どうにか両親に笑顔でいてほしい。少女の願いはそれだけだったのに。

ある日、父が出かけたきり帰ってこなかった。心配になった少女は父の職場だった駐屯所へと行ってみた。父はきっと、かつての仲間なら下働きでも受け入れてもらえると思ったのではないか。もしかしたら衛兵の姿をした父がいるかもしれないと思ったのだ。だが少女が見たのは、男達に暴行を受けて、ぐったりしている父の姿だった。慌てて少女は父へと近づく。ボロボロになった父はすでに絶命していた。自分の身の危険をも感じた少女が急いで家へ戻ると、母親は見たこともない男と抱き合っていた。父の死を伝えると、嬉しそうに笑っていた。そして次の日から母は姿を消してしまった。少女がどれだけ待っても、戻ってくることはなかった。

少女は街をさまよっていた。自分が見捨てられたこと、誰も助けてくれないことを、少女はもう知っていた。露天商は彼女を嘲るためだけに果実を踏み潰し、これがお似合いだと言った。昔からの友達と出会い、飢えと恥ずかしさと、それでも助けてほしいという気持ちに挟まれて、少女は動けなくなった。「こんな子知らない」。友達はそう言って去って行った。とうとう少女は、こらえきれずに泣き出してしまった。理不尽に与えられたレッテルが、こんなにも多くのものを奪い去っていくのだと思い知った。父も母も友達も、人の尊厳さえも。

空腹に耐えるために、少女はあまり動かずにいた。家の中で孤独に、じっと過ごしていた。ある日、家の外で役人達の話す声が聞こえた。少女に気づいた役人達は、この家を取り壊してごみの投棄所にすると言った。何を言う間もなく家から追い出され、少女は弱った体でよろよろと、せめて雨風をしのげるところを探し、すこし離れたところにある遺跡へと向かった。古くて汚いからと、誰も近づかないところだ。少女は歩きながら考えた。自分に向けられた表情の数々。怒り、嘲り。自分より地位の低い人間がいることで、なぜ人はああも喜ぶことができるのだろう。その顔はなぜああも醜いのだろう······
遺跡の中で、とうとう少女は倒れてしまった。彼女を気にかける人間は、もう誰もいなかった。

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